第5話 やばい女
「まこりん、君は天才だ」
私のダンスを見て、首なしの幽霊――赤崎君が言う。
そんなにダンスの才能があるんだろうか、えへへ。
ダンス部にでも入っちゃおうかな?
「君は何を踊っても、かくかくとした動きで、全部ロボットダンスみたいになる、おそらく運動神経がなさすぎるんだ、ロボットダンスを踊ることに関して天性の才能を持っているよ」
「バカにしてる?」
拳がぶるぶると震えていた。
殴りかかりたい自分を何とか今押さえつけている。
「もう他の踊りは諦めよう、君には無理だ、絶対。人類が百メートルを八秒台で走ることくらい無理だ」
「そんなに言わなくたっていいじゃない」
ちょっと涙目になってしまう。
「泣くな、泣いていいのは大会で優勝したときだけだ、さぁ、レッスンを再開するぞ!」
私は赤崎君の指示の下、踊り出した。
彼は厳しくて、ちょっとでもミスをすると、「何だその踊りは!」「そんなんじゃ一流になれないぞ!」「これじゃあプロになるのなんて夢のまた夢だ!」「やれやれ、そんなんじゃダンスで飯は食えないな!」などと罵倒してくる。
いや、一流になるつもりないし、プロになりたいだなんて全く思ってないんだけど……。
ていうか、私、何やってるんだろ?
なんで私、こんなことしてるんだっけ?
踊ってばかりいる皆が元に戻ってほしいとは思ったけど、それって、私がやる必要あるのかな?
いや、もう、べつに、よくないか? 皆が踊ってばかりいるままで。別に私に実害があるわけじゃないし。
なんて考えながらだらだらと三十分くらい踊っていると、突然、赤崎君がストップをかけてきた。
「やめだやめだ、まこりん、もう踊るのをやめろ」
「え、まだ途中だけど」
「いいからやめろ」
と言われ、ピタッと静止する。
「まこりん、練習に集中できていないな? やる気ないなら帰れ!」
どうやら見抜かれていたらしい。
「わかりました」
傍に置いていた荷物を持って、赤崎君から背を向けると、「え、ほんとに帰るの?」て声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょ、待てよ!」
「なに? お腹すいたんだけど」
「あ、そうだよな、うん、しかたない、今日はここまでにするか」
機会音声だから今までと変わらない抑揚のない声だけど、落ち込んでいることは何となくわかった。
ちょっと冷たくしすぎたかも。
「赤崎君、明日もご指導よろしくね」
「お、おう、明日も厳しくするからな!」
「それはやめて」
切実な気持ちで言うが、見るからに彼はうきうきとした様子で小躍りしており、私の話を聞いていなかった。
溜息をついて、私が帰ろうとすると、彼も私とは反対側に歩き出した。
「あれ、どこかへ行くの?」
「ああ、犯人と首を探しにね、ずっと探しているんだけど、見つからないんだ」
そういえば、見つかったって情報、まだどこからも聞いていなかったかも。
「嫌なこと思い出させちゃうかもしれないけどさ、殺されるとき、犯人、見ていないの?」
「背後からいきなり刺されたんだ、俺はダンス部に入ってたんだけど、練習の途中でトイレに行ったんだ。部室がある二階から三階に上って、男子トイレに行って、そこで刺された。気を失って、気づいたら首のない幽霊になっていたんだ」
「犯人に心当たりは?」
「それが全くないんだ、だから探すのに苦労しているよ」
と言って、赤崎君は私から離れていった。
彼の筋肉質な背中がこの時は妙に頼りなく思えた。
気の毒になってきて、私もできる限り、力になってあげたいなって思った。
●
「はぁー、疲れた」
家に帰ってご飯食べてお風呂に入った後、私は自分の部屋がある二階へ上った。
このまま自室へ行こうと思ったけど、赤崎君のスパルタ指導で鬱憤が溜まっていた私は、その前にストレスを発散しようと、兄の部屋に向かった。
「入るね」
ガチャッとドアを開けて室内に侵入すると、部屋の端で勉強していた兄が、回転いすをくるっと回してこちらを向いた。
「入るね、じゃねぇよ、ノックくらいしろよ!」
「べつにいいでしょ、それともなに? 突然入ったら困るようなことでもしてることあるの?」
「……ねぇよ、そんなこと」
「あ、あるんだ、その間は!」
「ねぇよ!」
「あるんでしょ」
「しつけぇな、まぁいろいろあるよ、そりゃあ」
「いろいろってなによ、はっきり言ってよ!」
「いろいろは、いろいろだよ……」
と気まずそうに目をそらしている。
顔を赤くしているところが、ちょっとかわいい。
「例えば、お〇にーとか?」
「なんで言うんだよ! おまえ、デリカシーねぇな、ほんとに女かよ!」
「女だよ、超かわいい女だよ! 失礼ね」
「見た目はよくても、俺にはその中身が下品なおやじかなにかに感じるよ……」
ハァッと呆れたように溜息をつく兄。
ふふふふふ、やっぱり、兄さんをからかうのは面白いなぁ。
「それで、お〇にーはするんだよね?」
「しねぇよ」
「嘘だ! その年齢でしないわけないもん!」
「ほんとしつけぇな、なんなんだよ、お前は! そりゃあするよ、たまには!」
「最後にしたのはいつ?」
「なんでそんなこと答えねぇといけねぇんだよ」
「答えないと帰らない!」
「うっぜぇな……だいぶ前だよ」
「だいぶ前ってどれくらい?」
「……一ヶ月は前だな」
と目を少し泳がせながら言う兄。
「嘘だ! だってゴミ箱の丸まったティッシュから栗の花のにおいがするもん! 今日したんでしょ!」
「なににおい嗅いでんだよ、変態かよ!」
「変態じゃないわよ、失礼ね」
ぷんすかぷんぷんとしていると、兄さんが嘆きながら顔を手で覆う。
「なんなんだよまったく……あ、ひょっとして、おまえ、俺のこと好きだったりする? ブラコンだから俺に対してこんな奇行をしているのか?」
「はあー? んなわけないでしょ、キッモ! 二度と言わないでよね、そんなこと!」
「キモくねぇよ、兄のゴミ箱のにおいを嗅ぐお前の方がキモいって」
キモいって、失礼な兄ね、私はこんなに美少女なのに。
「ていうか、お前、何しに来たんだよ、俺をからかうためだけに来たのか?」
「うん」
「うん、じゃねぇよ、ふざけんなよ!」
「あはは、冗談だよ、それもあるけど、それ以外もあるよ」
「それもあるのかよ……で、それ以外はなんだ」
「今日、たくさん運動して、疲れたの。だからマッサージしてよ」
「はぁ? 何言ってんだ、お前、その、いろいろと問題があるだろ、男の俺が妹とはいえ女のお前をマッサージするなんて……」
「やらしい気持ちになっちゃう?」
「ならんわ!」
「美少女なのに?}
「自分で言うな……お前さ、もう少し自分がヤバイ女であることを自覚したほうがいいぞ? 奇行をしすぎて、俺にはもうお前がモンスターや妖怪みたいなものにしか見えないからさ」
モンスターや妖怪って、失礼ね、重黒木さんも以前、私のことを氷タイプとか言ってきたけど、なんでこんな可憐な私を化け物みたいに扱うのかな?
「やだやだー、してよ、マッサージ―!」
「うざ……はぁ、たく、しかたねぇな、じゃあ肩だけ揉んでやるよ、こっちこい」
「わーい」
なんだかんだ言って優しいから兄さんのこと嫌いじゃないのよね。
そうして肩をも揉んでもらったのだけど……
「兄さん、力弱い、真剣にやってる?」
「やってるよ」
「筋トレしたら?」
「してるよ」
「え、しててそんなに体が細いの?」
「うっさいな、さっきから、ほら、もういいだろ」
と肩を揉むのを兄がやめてしまう。
ああ、もう少ししてほしかったのに。
「これで満足しただろ、いい加減帰れ」
「えー」
「俺は勉強で忙しいんだよ」
と兄が椅子を回転させて、机に体の正面を向ける。
「大学って、勉強楽だって聞いたけど?」
「理系は大変だな」
「兄さん、文系じゃん」
「俺は経済学部だからな、理系みたいなもんだ、あ、お前、数学苦手だから経済学部行くのはやめとけよ、俺みたいに苦労するぞ」
そっか、数学出来ないと経済学部はきついんだ、じゃあ私はどうしよ、法学部か文学部?
まあいいや、まだ先の話だし、これからゆっくりと考えれば。
「そっか、兄さんは勉強で忙しいから、彼女も作らず、家で一人で発散しているんだね……」
とゴミ箱を哀れんだ目で見つめていると、兄がぶちぎれてきた。
「うっさいな、もう帰れよ、さっさと!」
「彼女出来たら教えてね、兄さんに相応しいか、チェックするから」
「なんでお前の審査が必要なんだよ……はぁ、まったくなんでこんな女になってしまったんだ……昔は大きくなったらお兄ちゃんと結婚するぅとか言ってきて可愛げがあったのに」
「はぁ? いつの話してるのよ、キッモ、バーカバーカ!」
「バカはお前だ、ほら、帰れって言ってるだろ、いい加減本気で怒るぞ」
「はーい、帰りまーす」
と言って、帰るふりをして、ベッドの下を覗く。
思った通り、そこにはエロ漫画がたくさん置いてあった、
「へー、胸が大きい子が好みなんだ、あと、メイドが好きなんだね」
「やめろぉぉぉぉぉ、何なんだよ、お前、ほんと! ここはお前の部屋じゃないんだぞ!」
「で、今日はこの中のどれを使ったの?」
「……もう何を言われても、一切答えないからな」
と兄さんが黙って、勉強をしてしまう。
ほんとに何を言っても返事をしてくれなくなってしまったので、さすがに私ももう部屋を出ることにした。
あー楽しかった。やっぱり兄さんをいじるのはいいストレス発散になるね。




