第3話 まこりん 死す
首なしの幽霊――赤崎君とダンスの特訓を少しした後、下校したのだけど、家に到着したのが午後九時になってしまった。
「ただいまんもすー!」
と言って帰宅した私を、母が玄関で出向かえてくれた。
「おかえりんごー、まこりん、今日は遅かったわね」
「うん、ごめん」
「あなた、帰宅部でしょ、こんな時間までなにやってたの?」
どうしよう、なんて言おうか。
「ダ、ダンス部の見学をしていたら、私も体験として、ちょっと踊ることになっちゃってね、思いのほか長引いちゃったの」
嘘だけど、何から何まで嘘というわけじゃない。
「あなた、ダンスに興味あったの?」
「最近、ちょっと気になってて」
「ふーん、まぁいいけど、早く荷物おいて、手洗ってきなさい」
「はーい」
と言って荷物を置きに自室へ向かおうとしたとき、父がこちらまで来た。
「まこりん、遅いぞ、なにをしてたんだ、もう父さん、お腹へりすぎて、腹からすごい音が出てるぞ」
ぐるるるるう、るるるるるぅ、ぐおおおおおっ、おおぉっ、と父の腹から爆音が鳴っている。
確かにすごい音だ、お腹に化け物でも飼っているのだろうか?
「まこ、遅いけどなんかあったのか」
兄までこちらに来た。
兄さんは身長160センチくらいで中性的な顔をしている。こうやって見ていていつも思うのだけど、女装とか似合いそうだよね、うちの兄って。
「何だよ、なんか変なこと考えてそうな顔だな」
「別に、考えてないよ」
「ならいいけど、で、帰りが遅いけどなんかあったのか」
「べつに、なんもないよ」
「そうか、俺も腹減ったから、早く飯食おうぜ」
と言ってお腹をさする兄。
べつに先食えばいいじゃん、と思うけど、我が家は朝食と夕食は全員一緒に食べるというルールなんだよね。
「おかあさん、今日のご飯なに」
「今日はサバの味噌煮とシチューと酢豚よ」
「はぁ、なによそれ!」
「え、なんで怒るの?」
と若干引いている感じの母。
「おかしいでしょ、組合わせが!」
「まこりん、一生懸命愛情込めて作ったママの料理に文句言うなんて、パパ、そんな子に育てた覚えはないぞ!」
「うるさい」
「ママー、まこりんが反抗的だよー」
「よしよし、いいこいいこ」
「ママァ、ばぶぅ、おぎゃ、おぎゃあぁあ、ばぶうぅ」
「もう、お父さん、お母さん、私がいる所で赤ちゃんプレイするのやめてって言ってるじゃん」
しかしお父さんはお母さんの胸に顔をうずめて、おぎゃるのをやめない。
兄はそんな私たちを呆れたような目で見てくる
「あと、まこりんって呼ぶのやめてよね」
「え、なんで」
キョトンとしている母に言ってやる。
「今日、名前を笑われたのよ、こんな名前、もう嫌、絶対いつか改名してやるんだから!」
「嫌とは何よ、一年以上かけて考えたのに!」
と涙目で怒ってくる母。
「一年も、こんな名前に!?」
「お前なんてまだましだろ、俺なんて鈴木勝男だぜ」
と兄が諦観した顔を向けてくる。
「普通じゃん」
「普通じゃねぇよ、鈴木と勝男ってどっちも魚の名前じゃねぇか、スズキなのかカツオなのかはっきりしろよ!」
「あはは」
「笑うな、いくら妹でも許さんぞ」
「あはははは……あれ、ところで、兄さん」
「なんだよ」
「私の方が身長高くない? 背伸びたかも、私」
私が兄の隣に並ぶと、兄さんは露骨に動揺したかんじになった。
「は、はあ、そんなわけないだろ」
「私のこと、おねえちゃんって、呼んでもいいよ?」
「呼ぶかバカ!」
私と兄がそんなやり取りをしていると、母が不安そうに私を見てくる。
「まったく、まこりんはどうしてあんな子になってしまったのかしら、親には反抗的、兄ともけんかしてばかり、顔は私に似てかわいいけど、中身はモンスターじゃない、無事にお嫁にいけるか心配だわ……」
と頬に手を当てて、アンニュイな顔になる母。
父がおぎゃるのをやめて、見るからに焦り出した。
「な、お嫁だと!? まこりんは誰にもやらんぞ、他の男にやるくらいなら、パパがまこりんと結婚する!」
「うわぁ、きも」
「うえええん、まこりんにきもいって言われたぁああ、ママぁぁ」
「よしよし」
「ばぶううう、おぎゃああおぎゃああ」
「もう、お父さん、私の前でお母さんにおぎゃるのやめてって言ってるじゃん!」
相変わらず、我が家はカオスだった。
●
翌朝、学校に行くと、教室に入る直前になって、「あ、そうだ」と思い、立ち止まった。
昨日、私を置いて逃げたあの二人、どうしようかな?
私を見てすぐに謝罪したら許してあげてもいいけど、そうじゃなかったら文句たくさん言ってやろう。
そう考えて、教室を開けると、そこでは私の想像をはるかに越えることが起きていた。
「まこりん、どうして死んだのよ!」
教室の窓際の一番後ろ。
重黒木さんが私の机の前で泣いている。
机には、花瓶と私の遺影みたいなものが置かれていた。
「私たち、死ぬときは一緒だって言ったじゃない!」
と、白岸さんも重黒木さんの隣で泣いていた。
そんな話した覚えないけど……。
「ひどいよ、鈴木さん、僕と一度も踊らずに死ぬなんて!」
と泣きながらポップダンスを踊っている村岡くん。
……なにこれ、いじめの一種?
「ごめん、まこりん、今更だけど、前にシャーペンなくしたって言ってたよね、あれ実は私が盗んだの、生きてるときに謝りたかったな……」
と白岸さんが私の遺影に向けて、頭を下げている。
「まこりん、家に遊びに行ったとき、プリンなくなったって言って怒ってたよね、あれ、実はまこりんがトイレに行っている間に私が食べたの、ごめんね、あとまこりんの日本史の教科書に落書きしたの、実は私なの、今更、謝っても、遅いよね……うう!」
と私の遺影を抱いて泣き崩れる重黒木さん。
ほんと、今更だよ。
まったく、このクズども、許さん……。
「謝罪なら、私の方を見て、言ってほしいな」
二人の後ろにこっそりと立つと、彼女たちはバッと振り返って悲鳴を上げた。
「ひぃいいいいいい! 悪霊よぉぉ、まこりんが化けて出てきたわぁぁ」
「置いていってごめんなさぃぃぃ、呪わないでぇえぇ!」
重黒木さん、次に、白岸さんが拝みながら絶叫する。
「生きてるよ!」
と叫ぶが、二人ともしばらく「ひぃぃぃ」と言ってばかりで、生きていると信じてもらえるまで十分くらいかかった。
「いやぁ、まこりんが生きててよかったよぉ、てっきり、あの幽霊に呪い殺されちゃったのかと」
「うんうん」
重黒木さんの発言に、白岸さんが二回頷いた。
「ほんとにそう思ってる?」
「も、もちろん」
白岸さんがぎこちない笑みを浮かべて言う。重黒木さんは目が泳いでいた。
まったく、こいつらは……。
「それにしても、だれよ、この花瓶と遺影みたいなの置いた人」
「だ、誰だろうね」
重黒木さんが汗を額から垂らしながら言うと、こちらに近づいてくる女生徒が一人。
「重黒木さんだよ、彼女が花瓶と写真を机において、鈴木さんが首なしの幽霊に呪い殺されたってみんなに言ったんだ」
と私の前に来た女性徒――黄山詩音さんが言う。
「へぇ……」
と私がジト目で重黒木さんを見ると、彼女は顔からだらだらと汗を流しだした。
「鈴木さん、許してあげて、彼女も悪気があったわけじゃない、本気で君が死んだと思って供養しようとしていただけなんだ」
と黄山さんが言う。
そうかなぁ、黄山さんは性格がいいからそう見えるのかもしれないけどさ。
と思いながら、彼女の顔をまじまじと見る。
黄山さんは性格だけでなく、見た目もすごくいい。
彼女は身長170センチを超える身長を持ち、髪型はショートヘアーで、整った顔立ちをしていて、王子様って感じの風貌だ。
実際、そう呼んでいる人もいるとか。
「相変わらず、かっこいいね、黄山さんは」
「そうかな、でも、私は鈴木さんみたいに、かわいい子になりたかったな」
かわいいって儚げな表情で言われて、少しドキッとしてしまう。
そういう顔もいいんだよねぇ。
周囲を見ると、ぽーと黄山さんに見惚れてる女の子が何人かいるし。
「黄山さんって男装とか似合いそうだよね」
言った後で、「あっ、しまった」て思う。
かわいい子になりたかったって言ってたのに、こんなこと言ったら傷ついちゃうかな?
「ああ、よく言われる。実際に演劇部で兄の服を借りて男装することがあるよ、幸い、同じくらいの身長だからさ」
と苦笑する黄山さん。
あ、演劇部だったんだ、でも、言われてみれば彼女にぴったりかも。
「確か、お兄さんもこの学校の演劇部だったのよね、すごくイケメンって話を聞いたわ」
とイケメンに目がない重黒木さんが目をキラキラさせながら言う。
「へぇ、ちょっと見てみたいかも」
と私が言うと、重黒木さんががっくりと肩を落として、
「でも、黄山さんのお兄さんは去年、卒業しちゃったのよね」
「あ、そうなんだ」
私も少し残念に思っていると、
「じゃあ、よかったら、今度、私の家に来る? 私の兄がいる日に」
「え、いいの?」
と訊くと、「うん、いいよ」と黄山さんが笑顔で言ってくる。
「やったー!」
と喜ぶ重黒木さん。
白岸さんも嬉しそうだ。
ということで、日にちは未定だけど、この三人で黄山さんの家に行くことになった。




