第1話 ありおりはべりいまそかり♪ あそれ! ありおりはべりいまそかり♪ あよいしょ!
どうしてこうなった。
高校生になって数か月が過ぎたころ。
私の通う学校ではなぜかダンスが大ブームになっていた。
「いいか、ラ行変格活用の動詞は、ありをりはべりいまそかりの四つだぞー、はい、みんなもいっしょに踊りながら復唱しよう、ありをりはべりいまそかり♪ あそれ! ありをりはべりいまそかり♪ あよいしょ!」
と言って定年間近の古典の先生が両腕を左右にふりながら片足を交互に上げて踊りだすと、生徒たちも同じように踊り出だした。
「ありをりはべりいまそかり♪ あそれ! ありをりはべりいまそかり♪ あよいしょ!」
私もこのへんてこなダンスを皆と一緒に踊っている。
だが、私をこんな変人たちと同じにしないでほしい。
みんながそうしているから、乗るしかないと思って、このビッグウェーブに乗っているだけだ。
次の二限目の化学の時間もそうなかんじだった。
「さぁ、歌って踊りながら元素記号を覚えよう、水兵リーベ♪ 僕の船♪ 七曲がりシップスクラークか♪」
と言ってロボットダンスを踊りだす化学の先生。
以前、先生はロボットと人間は将来的に区別がつかなくなるだろうって言っていたのだけど、あれはもしかして人間の方からロボットに近づくって意味だったんでしょうか?
「はい、みんな一緒に!」
先生がそう叫ぶと、生徒たちが一斉にロボットダンスを踊り出す。
皆、表情は真剣そのもの。
おかしい、おかしいおかしいおかしい!
なんで、昨日まではこうじゃなかったのに!
朝、登校し、誰かと会うと、「ごきげんよう」と挨拶を交わし、服装が乱れていたら、「タイが曲がっていてよ」と優しくて美人な上級生が声をかけてくれる、そんな素敵な学園だったはずなのに!
……いや、今のはさすがに嘘です。ただの私の願望です。
でも、休み時間には例えば、
「ねぇ、三大奇書、全部読んだ?」
「まだドグラマグラしか読んでない」
「私も」
「早く全部読まないとね」
「うん、高校生だったらその三冊くらいは教養として全部読んでないといけないよね!」
「ねー!」
そんな知的な会話が至る所で行われる、素敵な学園だったはずなのだ。
なのに、なぜ、こんな踊り狂う人たちばかりになってしまった?
授業だけでなく休み時間もおかしかった。
「す、鈴木さん」
授業終了のチャイムが鳴り、先生が退室すると、ある男子生徒が私の席まで来た。
眼鏡をかけたおかっぱ頭の村岡君だった。
「そ、その、ぼ、ぼくと、今日の放課後、よかったら一緒に踊りませんか!」
普段は大人しくてダンスなんてしない村岡君が、陽気なヒップホップダンスを踊りながら私にそう言ってきた。
なにこれ、新手のナンパ?
「え、嫌だけど……」
「そんな……今宵もひとりで踊るしかないのか……」
とがっくりと肩を落とした後、彼は激しく踊りながら自分の席へ戻っていった。
……村岡君ってあんなキャラだっけ。
おかしいな、昨日までは、休み時間は教室の隅で、ライトノベルを読んでいるような人だったはずだけど。
ナンパどころか、女子に「おはよう」という挨拶すらできないような内気な性格だったはずだけど。
「まこりん、冷たすぎ―」
なんて言って、私の席に来て、声をかけてくる女生徒が一人。
友達の白岸さんだ。
色白の肌、毛先がカールした茶髪、ルーズソックスを穿いていて、いかにもいけいけなギャルって感じの見た目だ。
「まじさ、まこりんって、ゲームとかだと氷タイプっしょ」
そう言って、もう一人、私の元へ女の子が来た。
友達の重黒木さんだ。
金髪でルーズソックスを穿いた、ガングロのギャルって感じの風貌の子。
まったく、誰が氷タイプだ、私はいたって普通の女の子、ノーマルタイプだ。
とぷりぷりと怒っているうちに、休み時間が終わってしまった。
三限目になるが、その時間も次の四限目も、先生や生徒たちは踊ってばかりいた。
私はもはや心の中でツッコミを入れる気すら起きなかった。
そして、昼休み。
さすがにごはんを食べながら踊る人はいなかった。
ちょっと安心。
いつも一緒にご飯を食べている、重黒木さんと白岸さんの三人で席をくっつけあう。
私は冷凍食品を適当に詰め込んだ弁当、重黒木さんは某ドーナツ屋さんで買ったドーナツ、白岸さんはコンビニで買った菓子パンを食べていた。
「わたし、最近、天王寺先輩、いいと思ってんだよね」
と重黒木さんがポンデリングを食べながら言う。
白岸さんはクリームパンを一口かじって、もぐもぐごっくんした後、口を開いた。
「ああ、あのいつも芋けんぴ食べてるイケメンの人?」
「そうそう、まじかっこいいよね、あの人、芋けんぴあげたら喜ぶかな?」
「やめとけば、彼、いつも食べてるし」
「やっぱそうだよねー、あの先輩に芋けんぴはストレートをど真ん中に投げるようなもんだよねー、やっぱここは膝下に落ちるフォークを投げて三振を狙うべきかな?」
「いや、カットボールを投げて、芯からはずさせて、打たせて取るべきよ」
「それもありだよねー」
……二人はいったい、さっきからなんの話をしているんだろう。野球に詳しくないせいか、わかんないや。
と思っていたら、重黒木さんがこっちを見てきて、
「ねえー、まこりんはどう思う?」
私に話をふるな。
「え、うーん、ここは豪速球を頭にぶつけて、デッドボールを狙うべきじゃないかしら」
「えー、なにそれやばー、チョー過激ーうけるー、まこりんって暴力という概念を擬人化した存在なんじゃないのー!」
と白岸さんが大口を開けてげらげらと笑う。
「ガンジーの対義語ってかんじだよねー」
と重黒木さんも腹を抱えている。
二人とも何がそんなに面白いのだろうか。
「でもその発想はなかったー! 意外とありかもー!」
と重黒木さんが言った後、シャドーピッチングして、
「じゃあ、今日の放課後、先輩の頭部にデッドボール投げてくるね」
え、まじでする気なの?
白岸さんがサムズアップして、
「がんばれー、応援してる!」
なんて言っている。
いや、応援するな。
まぁでもさすがに冗談だよね、デッドボールなんて。重黒木さんもそこまでいかれてはいないよね。
と思いながら、私は冷凍食品のコーンクリームコロッケを一口かじると、二人はもう食べ終えてしまったようで、
「さて、食後の運動しますか」
と白岸さんが菓子パンの袋をレジ袋に突っ込んだ後、ベリーダンスを踊り出した。
「私も―」
と重黒木さんも食べ終えたようで、白岸さんと同じように踊り出す。
「まこりんも一緒に踊ろうよ」
まだ弁当を食べている私に白岸さんが言ってくる。
「二人ともおかしいよ!」
思わず、私は叫んでしまった。
白岸さんがきょとんとして、
「え、なにが?」
「おかしいって、天王寺先輩がいつも芋けんぴ食べてること? 確かにちょっと変だけど、でも彼はイケメンよ」
と重黒木さん。
「ちがう、いや、ちがわないけど、そこもおかしいんだけど、そこじゃなくて!」
「じゃあ、頭部にデッドボール投げること? でも、それはまこりんが言い出したことじゃない」
と白岸さん。
「そこでもなくて、それだよ、そうやって、踊ってることだよ」
と私は白岸さん、次に重黒木さんを指差す。
「このベリーダンスは主にアラブ諸国で踊られている、伝統的なダンスよ、なにがおかしいのよ」
と白岸さんが言うと、重黒木さんがうんうんと頷く。
「いや、踊ること自体がおかしいのよ、こんな食後に」
「食後に踊ることの何がおかしいの、普通のことじゃない」
「ね?」
と白岸さんの言うことに賛同する重黒木さん。
いや、おかしいよ、二人とも以前は食後にそんなことする子じゃなかったのに……。
だが、甚だ不本意なことに、どうやら異端なのは私の方みたいだった。周囲を見渡すと、皆、同じように多種多様なダンスに勤しんでいる。
まともなのは私だけか……。
「あ、踊りといえばさー、こんな噂しってる?」
と白岸さんが踊るのをやめて、にやにやとした顔で言う。
「噂って?」
「旧校舎に首がない幽霊が踊りながら徘徊してるって、噂だよ」
と重黒木さんに向けて、両手を垂らしてお化けのポーズをする白岸さん。
「ああ、その話ね、最近流行ってるよね」
と重黒木さんは神妙な顔で頷く。
私はそんな噂、初めて聞いた。
「私も気になるかも」
「やっぱりまこりんも気になるわよね!」
と白岸さんが私に顔を近づけてくる。
重黒木さんが腕を組んで、言う。
「ほんと気になって仕方ないわ……一体、何の踊りを踊っているんでしょうね?」
「うん、そうよね、ベリーダンスかしら、ロボットダンスかしら? それとも日本の阿波踊りとかかしら?」
「え、気になるのそこなの!?」
と私がツッコムと、白岸さんが意外そうに目を見開いて、
「え、ちがうの?」
「まこりんはなにが気になるのさ」
と重黒木さんが私の方を見て、言った。
「いや、その首がない幽霊はなんで旧校舎にいるのかとか、誰なのかとかさ」
「ああ、そこが気になるの、ほら、あったじゃない、首がない男子生徒の遺体が旧校舎で発見された事件があったじゃない」
白岸さんがそう言って、顔の前に人差し指を立てる。
その事件のことは私も強く印象に残っている。
先月、この学校の男子生徒が首を切断された死体で見つかったという事件が起きた。
犯行現場には胴体だけがあって、首から上はどこにもなかったらしい。
警察はそれからずっと犯人と首を探しているが、どちらもまだ見つかってないようだ。
「それで、旧校舎に出るのがその生徒の幽霊ってこと?」
「そう噂されているわ」
と白岸さんが興味津々って感じで言う。
「ねぇ、確かめに行かない?」
と重黒木さんがずずいっと身を乗り出して言ってくる。
白岸さんが楽しそうにニヤリと笑い、
「その幽霊がいるかを?」
「それもだけど、何の踊りを踊っているかよ」
「やっぱりそこなんだ」
と私はあきれ混じりに言うが、重黒木さんは気にしている様子はない。彼女はがたっと椅子を後ろに引いて立ち上がり、
「よし、今日の放課後、三人で肝試しをするわよ!」
「オッケー、楽しみね!」
白岸さんも勢いよく立ち上がった。
二人はくっつけた机を元の場所に戻していく。
……なんか勝手に私も行くことにされていた。
まぁ気になるから、いいけどさ。




