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溺愛ハッピーエンドが欲しくて頑張ったのに、なぜか彼氏はヤンデレ化した  作者: ChaCha


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馬車の暗がりに落ちて消える独白

ベルンハルト視点

屋敷の門をくぐった馬車が、ゆるやかに速度を落とした。

石畳の振動が弱まり、車輪の音が静かになる。扉が開き、外の空気が入り込む。


ベルンハルトは、最後まで姿勢を崩さなかった。

見送るべき礼節を、手順を、当然のように守った。


カレンが降りる。

「また明日」と言う声が、まだ少し上ずっている。

その背中が屋敷の灯りに吸い込まれるまで、彼は目を逸らさない。


扉が閉まった。


カタン、と乾いた音がして、馬車の中は再び密室になる。

御者が合図を待っている気配だけが、前方に薄く残る。


「……帰れ」


短く言うと、馬車は再び動き出した。

屋敷の敷地を出て、夜の街路へ向かう。


その瞬間――ベルンハルトの肩から、張り詰めていた糸が一本切れた。


息が、遅れて落ちる。


「……っ」


胸の奥が痛むほどの鼓動。

それを抑えようとして、彼は膝の上の手に視線を落とす。


震えていた。


指先が、わずかに。

普段ならありえないほど、みっともなく。


(……ふむ)


震えの原因を探る。

寒さではない。

怒りでもない。


(……なるほど)


理解している。

自分が今、平静でいられていないことを。


ベルンハルトは、片手で両目を覆った。

視界を遮ると、余計に音が大きく聞こえる。


車輪の音。

自分の呼吸。

そして、さっきの声。


「なんで?」


あの一言が、耳の奥に残っている。

刃のように鋭いわけではない。

けれど、恋人の口から出るには、あまりに距離がある。


天を仰ぐ。

見えない天井の向こうへ、問いを投げるように。


「……カレン。どうして……」


声は低く、掠れていた。

誰に聞かせるでもない。


馬車の暗がりに落ちて消える独白。


昨日までのカレンは、違った。

昨日の彼女は、確かにここにいた。


想いを伝え合った。

結婚を前提に、と言った時、彼女は驚いて、それでも受け止めてくれた。

頬を染めて、小さく頷いた。


あの頷きは、嘘ではない。

彼女の目の揺れを、呼吸の乱れを、心拍の速まりを――ベルンハルトは全部覚えている。


(……なのに)


今朝。


正門をくぐる、その直前。

彼女の世界が一瞬止まったように見えた。

顔色が変わり、視線が泳ぎ、言葉遣いまで乱れた。


(朝、あの時……何かが、間違いなく起きた)


それが恋の気まぐれなら、いい。

寝不足や体調なら、対処できる。


だが、違った。


彼女は俺を避けた。

盛大に。反射で。


あれは“嫌い”ではない。

彼女の中で何かが弾けて、身体が距離を取る方向へ動いた。

まるで、知らない火に触れたみたいに。


ベルンハルトは手を下ろし、暗い窓に映る自分の輪郭を見る。

表情は整っている。整えられている。


(……俺は、何をした)


問いを立て直す。


今日、彼女の“いつも”を壊したのは俺か。

俺の言葉か。俺の距離か。俺の触れ方か。


だが――馬車の中で、彼女が出した反応は、さらに説明がつかない。


「触れても、いいかな?」


そう聞いたのは、衝動を抑えるためだった。

許可を取ることで、自分の行動を制御できると思った。


なのに、返ってきたのは「なんで?」だった。


その瞬間、ベルンハルトの中で、何かが冷たく固まった。

拒絶ではない。敵意でもない。

ただ――“前提”が崩れる音。


恋人であるという前提。

触れられる距離にいるという前提。

彼女が俺を受け入れているという前提。


前提が崩れたなら、確認が必要だ。


だから、髪に口づけた。


唇を重ねるようなことはしていない。

怖がらせるのは本意ではない。

だが、触れずにいられなかった。


彼女の反応を見たかった。

まだ俺の熱に、安心に、怯えが混じっていないか確かめたかった。


結果。


彼女は固まった。

混乱した。

それでも――嫌がってはいなかった。


(……そうだ)


嫌がってはいなかった。


その事実が、救いにもなるのに、逆に胸を締めつける。


彼女は俺を嫌いになったわけじゃない。

だが、俺の知らない“何か”に揺さぶられている。


ベルンハルトは、両手を組み、指を強く絡めた。

震えを押さえ込むように。


急転直下。

思考が、坂を転げ落ちるみたいに速くなる。


(記憶の混乱?)

(精神の負荷?)

(外部の干渉?)


魔術師として、可能性は列挙できる。

呪い。精神干渉。人格の揺らぎ。記憶の断裂。

どれも、学園で起きないとは言い切れない。


だが、答えが出ない。


だからこそ。


ベルンハルトは、結論だけを先に決める。


(俺の理解の外に、委ねる気はない)


これは支配ではない。

乱暴に縛るつもりもない。

彼女の意思を奪うことは、俺の望みじゃない。


ただ、放置しない。

見ないふりをしない。

彼女の変化を“なかったこと”にしない。


それは、愛しているからだ。

恋人だからだ。

そして――昨日、未来を口にしたからだ。


馬車が揺れた。

身体がほんの少し傾き、その反動でベルンハルトは背もたれに深く沈む。


静かな夜。

窓の外には、灯りの連なりが流れていく。


彼は目を閉じた。


(カレン)


明日は、もう少しだけ距離を測ろう。

声の温度を落とし、選べる余白を残そう。

それでも彼女が揺れるなら、原因を一緒に探す。


――そう決めたはずなのに。


胸の奥で、別の感情が小さく鳴った。


今日、廊下で。

騎士科の男に抱きとめられていた彼女。

彼の服を掴んだ、あの指。


あれは、事故だ。

偶然だ。


分かっている。


分かっているのに――

思い出すたびに、喉の奥が熱くなる。



これはまだ、“嫉妬”と呼ぶには早い。

だが、芽は確実にある。


ベルンハルトは、息を吐いた。


「……俺は」


何を守りたい。

彼女を。関係性を。未来を。


その全部だ。


だから、明日も隣に立つ。

彼女が笑えるように。

彼女が怯えないように。

そして――理解の外へ滑り落ちないように。


馬車は夜道を進んでいく…



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