見ている者と、気づかない者
昼下がりの中庭は、穏やかなざわめきに満ちていた。
木々の葉が風に揺れ、石畳に落ちる影がゆっくりと形を変える。
噴水の水音は一定で、まるで時間が丁寧に刻まれているみたいだった。
私は、その中を歩いていた。
(今日は、平和だなぁ)
ベルンハルトは、少し離れたところで先生と話している。
視線を向けると、すぐに気づいてこちらを見るから、
私は安心して、周囲に目を向けた。
その時だった。
エルンストが、向こうから歩いてくる。
騎士科の訓練帰りなのか、
制服の上着を腕にかけ、額にうっすら汗。
相変わらず、目を引く存在感。
(……うん、やっぱりカッコいい)
前世の私が、ひょいっと顔を出す。
〈ほらほら、推しだよ?〉
〈筋肉、今日も仕上がってるよ?〉
(はいはい、落ち着いて)
胸が少し高鳴るけど、
それは“好き”というより、“懐かしい”に近い。
エルンストも、私に気づいたようで、軽く手を上げた。
「やあ」
「こんにちは、エルンスト君」
自然な挨拶。
それ以上でも、それ以下でもない。
「この前のアドバイス、助かった」
そう言って、彼は少し照れたように笑う。
(……あ、プレゼントの件)
「うまくいきそう?」
「……たぶん」
その一言に、
私は思わず微笑んだ。
(よかった)
推しの恋が、前に進んでいる。
それだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。
その様子を――
私は、全く意識していなかった。
けれど。
少し離れた場所で、
ベルンハルトは、すべてを見ていた。
カレンの表情。
エルンストに向けられた、柔らかい微笑み。
声のトーン。
わずかに弾んだ空気。
(……また、だ)
彼の視線は、静かだった。
怒りでも、疑念でもない。
ただ、記録するように。
(名前を呼び合う)
(笑う)
(時間は、短い)
事実だけを、淡々と積み上げる。
それでも。
胸の奥で、何かが、わずかに軋む。
(……気づいていない)
カレンは、何も悪くない。
裏切っているわけでも、迷っているわけでもない。
ただ――
“起きている”だけだ。
彼女の知らないところで、
予定が、予定通りに進んでいる。
(……見ているのは、俺だけか)
ベルンハルトは、先生との会話を終え、歩き出す。
その気配に、私は振り返った。
「終わった?」
「ああ」
視線が交わる。
その一瞬で、
私は安心してしまう。
(……ベルンハルトだ)
エルンストも、それに気づいて一歩引く。
「じゃあ、また」
「うん。頑張ってね」
軽いやり取り。
それで終わる。
私は、ベルンハルトの隣に戻る。
当たり前の位置。
(……何も起きてない)
そう思っているのは、
きっと、私だけ。
ベルンハルトは、何も言わない。
けれど、彼の視線は、さっきよりも少しだけ私に近い。
守るように。
囲うように。
私は、それに気づかないまま、歩き出す。
同じ場面。
同じ時間。
でも――
交差した視線が見ていたものは、
まったく、別だった。




