幸福の翌朝は、いつもより眩しい
朝の空気が、やけに澄んでいた。
王立学園へ向かう馬車の中、窓越しに差し込む光が、桃色の髪を淡く照らす。
規則正しく揺れる車輪の音に身を任せながら、カレンは胸の前でそっと指を組んだ。
(……昨日)
思い出すだけで、頬が熱くなる。
ベルンハルトと、ちゃんと想いを伝え合った。
曖昧な距離でも、仮の約束でもない。
「結婚を前提に、付き合おう」
その言葉を告げられた瞬間の、胸の震え。
受け取った指先の温度。
ぎゅっと、確かめるように抱きしめられた記憶。
(……夢じゃ、ないよね)
馬車が止まり、御者が扉を開く。
カレンは深呼吸をして、地面に足を下ろした。
王立学園の正門。
白い石造りのアーチ、朝露を含んだ芝生、登校する生徒たちのざわめき。
見慣れたはずの光景が、今日はどこかきらきらして見えた。
(ドキドキする……)
恋人として、学園に来る朝。
それだけで、世界が少し違って見える。
「カレン」
背後から呼ばれ、振り返る。
そこに立っていたのは、黒髪の少年。
魔術科の制服を整え、凛とした佇まいでこちらを見つめている。
ベルンハルト。
「おはよう」
低く落ち着いた声。
いつも通りのはずなのに、心臓が跳ねた。
「お、おはよう……!」
思わず声が上ずる。
昨日までも隣にいたのに、今日は距離の測り方がわからない。
ベルンハルトは一歩近づき、自然な仕草でカレンの手を取った。
人目を気にして、指先だけ。
それでも、しっかりと“恋人”の触れ方だった。
「緊張してる?」
「してる……」
即答してしまい、慌てて付け足す。
「だ、だって……昨日の今日だし……」
彼は小さく笑った。
その笑みが、ひどく優しい。
「無理しなくていい。今日は、普通で」
(普通って……なに……?)
そう思った瞬間だった。
――世界が、止まった。
正門をくぐろうとした、その一歩。
視界が、ぱっと開ける。
色が濃くなる。
音が近づく。
♪~~~♪
(……え)
胸の奥が、ぞわりとした。
(この、音……)
懐かしい。
知っている。
知りすぎている。
(……まさか)
頭の中で、何かが読み込まれる感覚。
脳内ロード中……
(うそでしょ)
次の瞬間、記憶が――落ちてきた。
スマホ。
画面。
乙女ゲーム。
【花咲くマジカル学園】。
「……っ!」
思わず立ち止まり、額を押さえる。
(待って待って待って)
前世の私が、今来た。
降りてきた。
全部まとめて。
(なにこのタイミング!?)
脳内で、オタクの私が叫ぶ。
〈最推しエルンスト!筋肉むふふ!〉
〈……って歩きスマホしてたら、痛い!!〉
(やめて!思い出させないで!!)
混乱の渦の中、現実の私が荒々しく息を吐く。
「なぜ、脳内BGMが今日鳴るかなぁ!?」
「普通、入学式当日とかじゃないの!?フツーは!!」
自分の口から出た言葉に、はっとする。
(え……今の私、こんな喋り方……?)
昨日までの私は、もっと大人しかった。
もっと、お淑やかだったはず。
「……カレン?」
心配そうな声。
顔を上げると、ベルンハルトがこちらを覗き込んでいた。
距離が近い。
瞳が真剣だ。
(……あ)
この顔。
ロード中……
(え、誰)
(あ、知ってる)
(知ってるどころじゃない)
彼氏だ。
私の彼氏だ。
(……ベルンハルト)
思い出した瞬間、胸の奥がきゅっと締まる。
(なぜ……)
(なぜ、ベルンハルトなの!?)
最推しは、エルンストだった。
画面越しに拝んでいたのは、騎士科の筋肉だった。
なのに。
目の前にいるのは、
私を心配そうに見つめ、
手を離さず、
当たり前のように隣に立つ――恋人。
(……選んだ、後……?)
理解が追いつかないまま、ベルンハルトはそっと声を落とした。
「……顔色がよくない。大丈夫か?」
(大丈夫なわけがない)
けれど、言えない。
「……だいじょうぶ」
笑顔を作る。
作れてしまう自分が、少し怖い。
ベルンハルトは、何も言わずに頷いた。
だが、その視線は――逃さない。
(……見られてる)
そのことだけが、はっきりとわかった。
幸福の翌朝は、
確かに眩しくて、
でも――少しだけ、きしんでいた。




