近づかない優しさが、逆に怖い
翌日から、ベルンハルトが少し変わった。
ほんの、少し。
言われなければ気づかない程度の違い。
でも――私は、気づいてしまった。
登校の並び方。
昨日までは自然に隣だったのに、今日は半歩、間がある。
人の流れが多い場所でも、外側に立つのは同じ。
けれど、肩が触れない距離を、きっちり保っている。
(……あれ)
教室でも、同じだった。
ノートを取るタイミングを合わせてくれる。
ページをめくる音も、歩く速度も、いつも通り。
でも、
視線を合わせる回数が、少し減った。
(……減った、よね)
香りは変わらない。
声の温度も、変わらない。
なのに、
“近づかない”という意志だけが、はっきりしている。
(……どうして)
胸の奥が、ざわつく。
昨日のことを、思い出す。
転んで、ぶつかって、近すぎて――
恥ずかしくて、ドキドキして。
(……私が、嫌だった?)
そんなはずない、と思いたい。
ベルンハルトは、何も責めなかった。
謝らせもしなかった。
なのに。
(……距離を、引いた)
それが、
“優しさ”だってことは、分かる。
混乱している私に、
余計な刺激を与えないための配慮。
頭では理解できるのに――
(……怖い)
近づかれすぎるのが怖かったはずなのに。
いざ、近づかれなくなると、
胸の奥が、すうっと冷える。
(……矛盾してる)
自分でも、面倒くさいと思う。
授業中、ふと視線を向けると、
ベルンハルトは前を見たまま、静かに板書を追っている。
(……触れない)
昨日まで、あんなに意識していた距離。
今は、守られすぎている。
(……私、わがままかな)
前世の私が、頭の隅で囁く。
〈近づきすぎたら、重い〉
〈離れたら、不安〉
(……やめて)
私は、深く息を吸った。
ベルンハルトは、何も変わっていない。
私を見ていないわけじゃない。
捨てたわけでも、冷めたわけでもない。
ただ――
選んだだけだ。
“近づかない優しさ”を。
(……それが、逆に……)
胸の奥が、きゅっと締まる。
放課後、廊下を歩く。
人の少ない時間帯。
いつもなら、ここで手を伸ばしてきた。
今日は、来ない。
(……)
気づけば、私の方から、歩幅を詰めていた。
半歩。
さらに半歩。
ベルンハルトが、それに気づく。
一瞬、視線がこちらに向く。
何も言わない。
でも、逃げもしない。
(……あ)
この距離。
拒まれてはいない。
ただ、委ねられている。
(……私が、選ぶ番?)
その事実に、胸が鳴る。
近づかない優しさは、
守ってくれている。
でも同時に、
私に“気づかせている”。
――自分の気持ちを。
(……怖い)
けど。
(……ちゃんと、向き合わなきゃ)
そう思った瞬間、
ベルンハルトが、低く声を落とした。
「……無理は、するな」
それだけ。
触れない。
でも、確かに、私を見ている。
(……ずるい)
私は小さく笑って、
ほんの少しだけ、距離を詰めた。
彼は、離れなかった。




