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溺愛ハッピーエンドが欲しくて頑張ったのに、なぜか彼氏はヤンデレ化した  作者: ChaCha


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触れないままでいられる限界

屋敷へ向かう馬車の中で、ベルンハルトは一言も発しなかった。


扉が閉まる。

外の気配が遠のき、車輪の音だけが規則正しく響く。

窓の外に流れる街灯の列が、彼の横顔を一瞬ずつ照らしては消える。


そのたびに、思い出す。


(……痛い)


額の奥に残る、鈍い熱。

おでことおでこがぶつかったあの衝撃。

それはただの事故だ。


分かっている。


分かっているのに。


痛みが合図みたいに、記憶が引きずり出される。


カレンの体温。

ローブ越しに伝わった柔らかさ。

腕の中に落ちてきた重み。


香り。


(……香りが、残ってる)


髪から、肌から、すぐ近くの呼吸から。

ふっと漂ったあの甘さが、まだ鼻の奥に居座っている。


「近い」と感じた距離が、

あの瞬間だけは、近いどころじゃなかった。


(……柔らかい)


触れてしまった感触は、思考の端で形を持ったまま消えない。

理性がそれを“ただの事象”として箱にしまおうとしても、箱の中で暴れる。


そして、追い打ちのように――


彼女が退こうとした瞬間。


ほんの一瞬、ほんの僅か。

偶然の重なりが、最悪の角度で擦れた感覚が――


(……だーーーーーー!!)


ベルンハルトは、喉の奥で息を殺した。


叫びたいのに叫べない。

顔にも出せない。


健全な男子案件。

いや、健全だからこそ、案件が重い。


(……俺は、何をしている)


彼は自分に問いかける。


彼女を守りたい。

怖がらせたくない。

混乱の中で圧をかけたくない。


だから触れない、と決めた。

検証のためでも、確かめるためでも、焦って触れるのは違うと。


なのに。


“触れない”は“無傷”ではない。


触れないことで、余計に溜まっていく。

触れないことで、感覚が鋭くなる。

触れないことで、たった一度の事故が、何倍にも膨らむ。


馬車が揺れた。


ベルンハルトは手の甲で口元を覆う。

呼吸を整えるふりをして、ただ耐える。


(……カレンは、何も知らない)


知らないまま、あの顔をする。

真っ赤になって、両手で顔を覆って、恥ずかしがって。


その“無防備”が、いちばん危険だ。


守りたいのに。

可愛いと思ってしまう。

近づきたいのに、近づけば崩れる。


(……限界が、ある)


触れないままでいられる限界。

理性が保てる限界。

何も言わずに日常を続けられる限界。


ベルンハルトは、額の痛みを指で確かめた。

触れると、また思い出す。


だから手を離し、膝の上で指を組む。

ぎゅ、と強く。


(……決める)


このまま、何も決めずにいるのは危険だ。

彼女のために、そして自分のために。


“触れない”は続ける。

だが、“近づかない”に切り替える。


少なくとも、二人きりの密室を減らす。

帰り道の馬車は、可能なら家の者を同乗させる。

放課後は、人目のある場所を選ぶ。

そして――


彼女に、最低限の言葉を渡す。


(……怖がらせない言葉)


彼は、胸の奥で慎重に形を作る。


「急に触れない」

「許可なく近づかない」

「でも、守る」


その線引きを、彼の側から提示する。

彼女が混乱しているなら、なおさら。


それが、恋人としての誠実だ。


馬車が停まった。

屋敷の門。

使用人が扉を開ける気配。


ベルンハルトは、最後にもう一度だけ深く息を吐いた。


(……落ち着け)


今日の事故を、彼女のせいにしない。

彼女の無邪気さを、罪にしない。


ただ、自分の限界を自覚する。


自覚して――

崩れない選択をする。


それが、今の彼の“覚悟”だった。


(……明日)


彼女が笑ってくれるなら。

彼女が安心できるなら。


俺は、もっと上手く我慢できる。


……そう信じたい。


けれど。


額の奥の痛みはまだ残っていて、

カレンの香りはまだ消えなくて、

柔らかい感触の記憶だけが、馬車の暗がりで静かに燃えていた。


ベルンハルト視点

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