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溺愛ハッピーエンドが欲しくて頑張ったのに、なぜか彼氏はヤンデレ化した  作者: ChaCha


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受け継がれた子

アイゼン家に生まれた嫡男として、

僕クラウス・アイゼンは

今日、十歳の誕生日を迎えた。


朝から屋敷は落ち着きがなく、廊下には花の香りと絹擦れの音が満ちている。

使用人たちはいつもより背筋が伸び、祝いの準備に追われていた。

けれど、そんな慌ただしさの中心にいるはずの僕は、母様の腕の中で半分ほど溶けていた。


「もう、クラウス。甘えすぎですよ」


そう言いながらも、母様の声は柔らかい。

髪を撫でる指先は相変わらず優しくて、

ここが世界で一番安全な場所だと疑いなく思わせる。


向かいから父様が咳払いをひとつ。


「その腕は私の場所だ」


「まあ。順番です」


二人のやり取りを、祖父母様が微笑ましく見守っている。

セナ祖母様は小さく手を叩き、

オーレン祖父様は誇らしげに頷いた。

アイゼン家の血筋は、こうして今日も賑やかだ。


正午。

公爵家主催の誕生日パーティは、眩しいほどの光に包まれて始まった。

楽団の音、色とりどりの菓子、祝福の言葉。

大人たちの笑顔に囲まれているうちに、胸が少しだけ息苦しくなる。

嫌いじゃない。

でも、僕はふと、別の場所を思い出した。


庭だ。


人の波をすり抜け、テラスの向こうへ。

扉を開けると、空気が変わる。

午後の陽が柔らかく、花々は競うように咲き誇っていた。


風が通り、香りが重なり合う。

ここは、僕だけの静かな世界。


その時だった。


花の向こう、白い光の縁に、ひとりの少女が立っていた。

年は、僕と同じくらいだろうか。

陽を受けた髪が揺れ、まつげが影を落とす。

何かを探すように足元の花を見て、

顔を上げた瞬間、視線が合った。


胸の奥で、何かが小さく、確かに音を立てた。


言葉が出ない。

理由もわからない。

ただ、近づきたいと思った。


彼女のいる場所が、

さっきまでの庭よりも、ずっと眩しく見えた。


(……どうしたら)


考える前に、答えが欲しくなった。


どうしたら、あの子と僕が、ずっと一緒にいられるだろう。


屋敷へ戻る足取りは、少し早かった。

廊下の奥で、父様と母様の声がする。

扉の前で立ち止まり、深呼吸をひとつ。

胸の鼓動はまだ早い。


「父様、母様」


二人が振り向く。

母様の瞳が優しく細まり、父様はすぐに察したように眉を上げた。


「どうした」


「聞きたいことがあるんです」


言葉を選びながら、でも正直に、胸の内を差し出す。

庭で出会ったこと。

心が引き寄せられたこと。

ずっと一緒にいたいと思ったこと。


静かな間が落ちる。


父様は、ほんの一瞬、遠くを見るような目をした。

それから、ゆっくりと息を吐く。


(とうとうきたか……)


その呟きは、僕には聞こえなかった。

けれど、父様の横で母様が微笑み、僕の肩に手を置いた。


「大切に思える相手に出会えたのね」


その温もりに、胸の奥が落ち着く。

まだ答えは出ない。

それでも、確かに一歩、何かが始まった気がした。


花の香りは、まだ鼻先に残っている。

僕は、その記憶を大事に胸へしまい込みながら、次の言葉を待った。




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