受け継がれる恐怖
朝の光は柔らかいはずだった。
薄いカーテン越しに差し込む光は、いつもなら彼女の髪を淡く照らし、穏やかな気配を部屋に満たす。
だが今日は違った。
寝台に横たわるカレンは、顔色が薄く、呼吸も浅い。
額に浮かぶ冷たい汗。
食事を前にしても、唇を押さえ、小さく首を振る。
「気持ち悪い……」
その一言が、ベルンハルトの胸を鋭く貫いた。
喉が詰まり、視界の端が暗く滲む。
彼女が衰えていくように見える、その事実だけで、心臓が軋む音を立てた。
――失う。
その予感が、理屈もなく脳裏に浮かぶ。
医師を呼ぶべきか。
毒か、病か、呪いか。
思考は早足で走り出すのに、体は硬直したままだ。
その瞬間、忘れていたはずの記憶が、底から掘り起こされた。
祖父と祖母。
誰よりも深く愛し合い、誰よりも互いだけを求めた二人。
世界を閉ざし、互い以外を拒み、
最後は――その愛に耐えきれず、静かに毒を飲んだ。
「愛しすぎたのだ」と、人々は囁いた。
「溺れたのだ」と、遠巻きに語った。
幼い頃に聞いたその話は、昔話のようで、
どこか誇らしく、どこか不吉だった。
(……まさか)
ベルンハルトは、無意識にカレンの手を強く握っていた。
冷たい指先。
生きている温度が、そこに確かにあるのに、不安は消えない。
(同じ血が流れている)
その事実が、今になって牙を剥く。
祖父母のように、
愛するがゆえに壊れてしまう未来。
彼女を守るつもりで、
囲い、抱き、離さずにきたはずなのに。
それが、彼女を追い詰めているのだとしたら――。
「……死なせない」
声にならない言葉が、胸の奥で形を結ぶ。
あの最期と同じ道だけは、決して辿らせない。
ベルンハルトは、そっと額に口付けた。
祈るように、縋るように。
愛が、また命を奪うなど――
そんな結末だけは、許さない。
彼女を想う気持ちと同じ深さで恐怖を感じた。




