何も言わないのが、一番危険
……妙な気まずさ。
廊下を抜けて、学園の正門へ向かう帰り道。
並んで歩いているはずなのに、空気がやけに張りつめていた。
(ドキドキドキドキ……)
心臓が、うるさい。
さっきの出来事が、頭の中で何度も再生される。
(……起きた……)
って、コラ!
無意識に、両手で顔を覆ってしまう。
(だめだだめだだめだ……思い出すな……!)
おでことおでこがぶつかった感触。
近すぎた距離。
視線。
呼吸。
(……健全な男子案件……)
思い出すたびに、熱が上がる。
「……」
隣を歩くベルンハルトは、何も言わない。
歩幅は一定。
視線は前。
――沈黙。
それが、余計に意識させてくる。
(……なにか言ってよ……!)
謝罪でも、冗談でも、
「大丈夫?」の一言でもいいのに。
何も言われないまま、
“さっきのこと”だけが、二人の間に残っている。
(……恥ずかしいぃ……)
これは、めちゃくちゃ恥ずかしい。
耳まで熱いのが、自分でも分かる。
その時。
「……コホン」
ベルンハルトが、小さく咳払いをした。
(……っ)
反射的に、肩が跳ねる。
(な、なに……!?)
でも、彼はそれ以上、何も言わない。
視線も合わせない。
ただ、ほんの少しだけ、歩く速度を落とした。
(……あ)
私の歩幅に、合わせてる。
(……ずるい……)
何も言わないくせに。
何も触れないくせに。
こういうところで、
ちゃんと“一緒にいる”ことだけは、外さない。
(……もう……)
恥ずかしさと、
落ち着かなさと、
それから――ほんの少しの安心。
感情が、渋滞する。
沈黙が続く。
正門が見えてきた。
夕方の光が、門の影を長く伸ばしている。
(……このまま、別れるのかな)
そう思った瞬間、
胸の奥が、きゅっと締まった。
(……いやだな……)
理由は分からない。
でも、このまま何も言わずに終わるのは、
少しだけ、嫌だった。
勇気を振り絞る。
「あ、あの……」
声が、少し震えた。
ベルンハルトが、立ち止まる。
ゆっくりと、こちらを見る。
視線が合う。
(……っ)
また、心臓が跳ねる。
「……さっきのこと……」
言葉を探す。
頭の中が、真っ白になる。
(どう言えばいいの……!?)
謝る?
説明する?
忘れてほしいって言う?
どれも、違う気がした。
「……ごめん」
結局、出てきたのは、それだけ。
ベルンハルトは、少し驚いたように目を瞬かせたあと、
静かに首を振った。
「謝る必要はない」
声は低くて、落ち着いている。
「俺が、受け止めた」
その一言に、
胸が、どくんと鳴る。
(……受け止めた……)
それ以上、言葉は続かなかった。
でも、不思議と、
さっきまでの気まずさが、少しだけ薄れる。
沈黙は、まだある。
けれど、それはもう、
居心地の悪い沈黙じゃなかった。
(……危ない……)
カレンは、内心でそう思う。
(何も言わないの……本当に危ない……)
言葉がない分、
想像だけが膨らんでいく。
守られている安心と、
逃げ場が減っていく感覚。
その両方が、
確かに、胸の中にあった。




