恐いと感じる中で幸せになる。
あれから数日の間に、すべての環境がめまぐるしく変化した。
気が付けば、私はアイゼン家で公爵家に入るための教育を受けていた。
礼儀作法、立ち居振る舞い、社交の基本。
ひとつひとつが新しく、息が詰まりそうになるほど厳格で――それでも、不思議と逃げたいとは思わなかった。
学園では、ベルンハルトが片時も離れようとしない。
朝の迎えから始まり、廊下、教室、休み時間。
自然な仕草で手を取られ、指を絡められ、髪に触れられ、額や頬に口付けを落とされる。
それは、以前の彼とは明らかに違っていた。
優しい。
けれど、逃がさない。
ふと、私が一歩だけ距離を取ろうとした瞬間。
ベルンハルトの瞳が、わずかに濁る。
「カレン?」
ただ名前を呼ばれただけなのに、胸の奥がひゅっと縮む。
その声音には、問いかけと、警告と、縋るような熱が混ざっていた。
名を呼ばれると――次の一歩が出せない。
気付けば、私は彼の腕の中に戻っている。
包み込むような腕。
逃げ場を与えない距離。
それでも、確かに温かい。
(ああ……)
胸の奥で、静かに息を吐く。
私は今、恐いくらいに――溺愛されている。
溺愛とは、こういうものだっただろうか。
守られて、求められて、離れられなくて。
思い返してみても、比べるものがない。
これほど強く、これほど一途に向けられたことがなかったから、正解なんてわからない。
けれど。
ベルンハルトの手がある場所。
視線が向けられる先。
私の名前を呼ぶ声。
そのすべてが、私だけに向けられている。
恐い。
確かに恐い。
でも――。
彼の胸に顔を埋めたとき、聞こえる鼓動が、私の鼓動と重なった。
「……大丈夫だ」
低く、静かな声。
「俺がいる」
その言葉に、身体の力が抜ける。
恐さの中で、息ができる。
不安の中で、安心してしまう。
それが、私の選んだ幸せなのだとしたら。
溺愛とは、甘いだけのものじゃない。
逃げ場を失うほど、深く包まれることなのかもしれない。
私は今日も、彼の腕の中で思う。
恐いと感じる中で――
それでも、私は確かに幸せだ。




