やられた
レオンは、届いたばかりの手紙を一読すると、無言で握り潰した。
紙が、静かに音を立てて歪む。
「……やられた」
低く吐き捨てるような声だった。
王国からの正式な通知。
婚約証明書の提出を受理。
当事者は――アイゼン家ベルンハルトと、ベルガモット家カレン。
一瞬、笑うつもりだった。
いつものように、余裕を装って。
だが、喉が動かなかった。
「クク……」
かすれた笑いが、ようやく零れる。
「理性を捨てたか。ベルンハルト」
あの男は、最後まで“正しい選択”をすると思っていた。
感情より秩序。
衝動より責任。
だからこそ、絡め取れると踏んでいた。
――遅い、と。
だが、違った。
あの男は、
奪われる未来を前にして、踏み出した。
「……はぁ」
レオンは背もたれに深く身を預け、天井を仰ぐ。
ここで動けば、
これはもう個人の恋情では済まない。
国と国。
公爵家と公爵家。
外交問題だ。
「潮時、か」
その言葉に、悔しさはない。
ただ、惜しむような響きだけが残った。
コンコン、と控えめなノック。
「失礼いたします。坊ちゃま。
ヴァルグ本邸より、至急のお手紙です」
差し出された封筒に、視線を落とす。
帰還命令。
簡潔で、逃げ道のない文面。
「……了解だ」
執事が下がると、部屋は再び静寂に包まれた。
レオンは、潰した手紙を机の上に置き、指先でなぞる。
ふと、思い出す。
怯えた睫毛。
拒みながらも揺れた瞳。
名前を呼ばれた、あの声。
「……本気だったんだがな」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
奪えなかった。
だが、遊びでもなかった。
それだけは、確かだ。
レオンは立ち上がり、窓の外を見る。
遠く、王都の空が夕暮れに染まっていた。
――次は、もうない。
そう思いながらも、胸の奥に残る名を、そっと飲み込んだ。




