鍵と白い影 5
『は~。やっと詠んでくれたわ。』と、その白い影が人の形になった。
その格好は、昔の着物をきた、そう、歴史の教科書に出てくる服装の歴史の年表に出てくるみたいな、江戸時代かな、いや、もっと古い、平安、鎌倉時代の女性の着物を身に纏った、女の人がうーんと伸びをして、僕たちの目の前に現れた。その女の人の年齢や、格好は、大体モモちゃん先生ぐらいかな。
『やっと詠んでくれた、ありがとう。』
その人はそういった。
今、僕達が、草を抜いている途中のまだ、草で生い茂った、花壇の真ん中で、だんだん白い影に、色が付き出し、赤や、黄色の、鮮やかな着物の色になったんだ。
『あなたは、だれ?』百合川さん
『どこから、来たの?何かのイリュージョン?』宮竹さん
『失礼ですが、部外者は、職員室で所定の手続きをしてください。』モモちゃん先生
『えと、えと』、ボク
『・・・・』松根さん
『そんなに一度に言わないで。』と着物の女の人は、手に持っていた、折り畳んでいた扇を広げて。
『わらわは、佐保姫、春の女神。古より、モモちゃん先生が和歌を詠んだように、春になると昔の歌人は私を称えて、詠んでくれたわ。』広げた扇を口元に持ってきて。
『なぜ、私のあだなを知ってるの。』と、びっくりしたように、モモちゃん先生。
『和歌には、その時の人の想いが、凝縮されているの、たった5・7・5・7・7と言う限られた文字数の中にあらゆるその人の想いや、感動が詰まっているの。』モモちゃん先生の質問には答えず、続けて。
『その思いのこもった和歌を、吟じられたから、称えられたから、わらわはこうやって、現れることができたの、そなたたちの前に。』ゆっくり、花壇の中を眺めるように歩きなが
ら。
『呪文、みたいなものなのかしら。』松根さんが、呟いた。
『そうね、呪文かしら。』松根さんの、つぶやきに佐保姫は答えて。
『それに、わらわは、ここの花壇だけでなく、ここ一帯の春の女神だから、何でも知ってるし、部外者じゃなくてよ。』と、ちらっとモモちゃん先生の方を見た。
『ここ数年で、園芸部に入部する人や、この花壇に近付く人もいなく、草花は全滅。』
立ち止まり花壇を見渡し、
『数年前は、それは、それは、きれいな花壇でした。』
『私が、先生になる前の話ですね。』モモちゃん先生
『そう、以前のここをお花いっぱいにしてくれていた、先生は、転勤で、いなくなって。同時にごたごたした様子で、その時にそこの物置の鍵も失くしてしまって。鍵は、わらわがやっと見つけたの。』そう言いながら、鍵の方を、扇を閉じて指し示した。
『それだ、だから、あの鍵の輪っかの中に鍵がなかったんだ。』とボク。
『今回、久しぶりに園芸部の人たちが来るって、わかったから、わらわは鍵を。』
『ボクの、前に落としてくれたんだ。』やっぱり、見間違いじゃなかったんだ。
そして、佐保姫はなぜ僕たちの前に現れたのか説明してくれた。
『どうして鍵を見つけて、そなたたちの、園芸部の手助けをしたかと言うと。花壇の復活はとても重要な事だったから。』そう言うと佐保姫が学校の校舎全体を指して。
『ここ、学校はたくさんの人が集い、いろんな思いや、いろんな感動、いやな事、よかった事、出会いや、別れがある、そんな思いが集まる、そんな場所なの。』
『例えば、運動会、遠足、林間学校、修学旅行とか、あと卒業式。』とモモちゃん先生
『そう、和歌を詠んだ古の人たちの思いの様に。もっとこれから、そなたたちはここで、色々な想いを紡ぐことになるわ。思いが集まる。学校ってそんなに、思いがすごい力となって集まるところなの。』そして、今度は花壇を指して、
『そんな思いの集まる場所で、咲き誇る花で四季を感じることは、花壇は力を解放する一種のパワースポットなの。ところが、花壇が全滅のため、秋の女神、龍田姫に四季を引き継ぐことが順調にできていなかったの。』
『だからこの花壇が復活することはとても重要なんだ。』と百合川さんが納得したように頷いていた。
『そう、花壇の草花が全滅してから、数年。春になっても咲き誇らない花壇が、校門近くで並んでいる桜と連動して、パワーバランスが崩れてしまった。しかも、秋の女神、龍田姫にここ一帯の四季を正常に引き継ぐことが出来なくなり、力が乱れ始めた。』ニッコリ佐保姫は笑いながら、
『でもここにいる園芸部のみんなが、活動してくれるおかげで、花壇が復活して、四季を順調に正常に巡らす事が出来るようになってくると思うの。だから、お礼を言わせてくださいな。』
そう聞いた僕たちは、佐保姫の感謝の気持ちが、とてもなんだかうれしくなって、途中だった花壇の手入れの続きを再開した。
ところが、暫くして、花壇の枯れた草を抜いたり、耕していると、『ぎゃー』といって、宮竹さんが駆け寄って来て、『ムシ、ムシ、虫、虫』と言って、僕の袖を掴んで、グイグイ引っ張ってきた。
『ちょ、ちょっと、なになに!』とボクは言って、引っ張られる方向にぐるぐる回されて。
僕の後ろに隠れながら、『虫、何とか、しなさいよ!』って僕のせいみたいに、言われても。
『虫、苦手なんだから!』グイグイ背中押されてる!『もー』って思いながら掴んだ虫を見ていると、なんだか、心の中にむくむく悪戯心が湧きだした。
そして、虫を掴んだまま、宮竹さんの方を向いてニッて笑うと、『なに、なに?』ってボクの後ろに隠れていたのに、後ずさりしながら。『ホラー。』って言いながら、虫を掴んだまま宮竹さんの目の前に持って見せた。
と、同時に今度は『ぎゃー』と言いながら、佐保姫のところに駆け寄っていき、『佐保姫、って神様でしょ、なんとかして。あの男子に天罰与えて!』今度は佐保姫の着物の陰に隠れながら、大声で叫んでいた。
さすがに、罰とか、言われると少し怯んでしまって、虫を花壇の外の桜の木の外側に放してあげた。
佐保姫は、『ごめんね。わらわは、人に天罰を与えるとか、マイナス的なことはできないの。』後ろに隠れている宮竹さんに言っていた。
佐保姫が僕に罰を与えないのが分かって、安心したけど、女子のみんなは、罰の代わりに。
『抜いた草とか、枯れ草を一か所に集めて一輪車、ねこ車に載せてー』とか、
『それを、ごみの集積所まで押して運んでー』とか、
『その帰りに、物置にある肥料の袋とか、石灰とか運んできてー』とか、
『持ってきてくれるー』とか、
言われたり、『大きな石あるから、男子、おこしてー』とか、
めったやたら、言ってくる。
いたずら、しなきゃよかった、ああ、後悔。
そんな時『大丈夫、大丈夫。男子、がんばれー。』って傍で見ていた佐保姫は、ニコニコしながら言った。
そのニコニコしている笑顔が、この前お母さんに、女子の事で、相談した時の『大丈夫、大丈夫』って言いながら、ニコニコしていた時の笑顔、そのままだったので、不思議な気がしたんだ。
『あーあ』やっぱりサッカー部入りたかったなー。
見上げたら、佐保姫が、鍵を落とした時に見た、青空が抜けるように本当にブルーだった。
花壇で『男子ー』とまた、呼んでいる声が聞こえた。『はーい』
拙作に目を通していただき本当に有難うございます。




