修学旅行の怪談話
八月の休みを利用して友達と泊まりがけの旅行を計画した。小・中学校から二十一歳となった今も時折連絡を取っては集まっていたが、旅行は久しぶりだ。
彩乃と心愛は短大卒業後に就職し、他のみんなはまだ学生。二人に合わせると、どうしてもお盆休み期間になるためにホテル代が高くなる。せめて宿泊費は安くしようと探し出したのが、お盆期間でも一万円で泊まれるこの旅館だった。
昭和初期に開業したという旅館は全室が畳の和室で、全体的に古さは感じるもののちゃんと清潔感があった。食事代は別とはいえ、食事代も安くて味もそこそこだったのでみんな満足気だった。
「なんだか、修学旅行みたい〜」
一階にある食堂で夕食を終えて部屋に戻れば、右に三組、左に二組の布団が敷かれていた。真穂が窓際の布団に勢いよくダイブする。
「修学旅行はホテルだったじゃん」
心愛が真穂の隣の布団に座り、携帯電話のチェックを始める。
「小学校の時は旅館だったんだよ。心愛は六年の三学期に引越してきたから行ってないんだよね」
恵美梨が真穂の向かい側の布団にゴロリと寝そべった。
「旅館の裏に墓地があって、肝試し行こうとして先生に怒られてた子たちいたよね」
彩乃は出入口に一番近い布団に座りながら話すと、心愛以外の人が「いたいた」と頷く。
「宮先生、すっごい怒ってたよね。あの形相は今でも忘れらんない」
「その前に、澤口さんたちが男子の部屋に行ったのも拍車をかけてたよね。朝礼が長いお説教から始まったのダルかったわ」
「修学旅行あるあるじゃん」
「心愛の学校でもあった?」
「あったけど、そういう騒ぎじゃなくてね…………」
彩乃の問いかけに心愛は困ったような顔をして、片手で集まるように合図をする。
心愛を中心に楕円のような形で顔を突き合わせると、心愛が声を落として話し始めた。
「実はね、本物の幽霊が出たの……」
「えぇ!本当に!?」
「なに、どういうこと?」
「いやいや、さすがに盛ってるでしょ」
心愛の話にみんなが驚いたり、冗談じゃないかと疑ったりした。だが、真剣な表情の心愛を見て、一寸の間言葉を失う。真穂が恐る恐る「本当に?」と聞くと、心愛はみんなを見て頷いた。
「マジで?聞きたいっ」
怪談好きな真穂は目を輝かせた。逆に怖がりな恵美梨は「むりむりむりむり」と呪文のように唱えながら耳を押さえた。ホラー好きではないが、興味のあった彩乃は控えめに「私も聞きたい、かな」と小さく手を挙げた。
かくして、布団にくるまって耳を塞いでいる恵美梨を他所に階段話が始まった。
修学旅行生を受け入れる旅館に怪談は付きものである。昨年と旅館が違うにも関わらず、卒業生や兄弟姉妹から聞いた話を本当だと信じてしまうことがある。
心愛も仲の良い先輩や兄から聞いた怪談がいくつかあった。
零時を過ぎた大浴場の鏡に写る女の幽霊。三階のある部屋では外の窓を叩く音がする。午前二時に窓を開けて落ちてきた霊と目が合うと死ぬ。などなど。
幽霊を信じていない心愛たちはそんな怪談を面白がった。消灯までの自由時間に、他の部屋の子も呼んで百物語をしようと集まった。
部屋の電気を消して、一人一人、自分が知っている怪談を恐ろしげに話していく。知っている話も、被った話も、怖くない話もあったが、親と離れて仲の良い友達との旅行にみんなが浮かれていた。
そろそろ消灯も近い。いつ先生が点呼に来るかも分からない緊張の中、ひとりが「この話は、この旅館で本当にあった話なの」とひっそりと語り始めた。
「この旅館で働いていた柳田という男がいたの。がっしりとした大きな男で、力が強かったせいかとても威張っていたの。柳田は一緒に働いていた源川という女の人を好きになったけど、源川は柳田を嫌っていたの。何度告白しても断られた柳田はある日、源川の首を絞めて殺してしまったの。柳田は慌てて死体を隠そうとしたの。下手に隠してもバレたら困るの。柳田は増設中だった露天風呂の底を掘って死体を埋めたの。死体は見つからずに、今も露天風呂の底に埋まっているというの」
話し終えたその時、出入口のドアが開いて先生が現れた。
「何をしているの。もう消灯の時間よ。みんな自分の部屋に戻りなさいっ」
先生の護衛と共に部屋の電気が点けられた。
みんなが慌てる中、電気を点けた先生が真っ青な顔で立ち尽くしていた。それを変に思った誰かがどうしたのかと聞こうとしたその時。
「だから、ワタシを見つけて欲しいの……」
小さな声だったのに、誰もがハッキリと聞こえた。
みんなの輪の中心に女の人が立っていた。全身ずぶ濡れで、首が変な方に曲がっている。
「お願いなの。ワタシを、見つけて欲しいの…………」
首がゆらりと揺れて、濡れた髪の間から見開かれた目が覗いていた。
「ひっ」
誰かが小さな悲鳴をあげた。それを皮切りに、みんなが悲鳴をあげて部屋から飛び出した。ぶつかり、転び、押し合うように部屋の外を目指す。
その様を嘲笑うかのように甲高い笑い声が聞こえた。
話し終えた心愛の顔を見て、みんな微妙な表情をしていた。怪談好きな真穂は「流石に、盛ってない?」と疑わしそうで、彩乃は鳥肌が立ったと腕を摩っている。恵美梨に至っては微妙に間違えているお経を唱えていた。
この話をする度に似た反応をされてきた心愛は、苦笑いで「嘘っぽいけど、本当。でも、信じなくてもいいよ」と肩をすくめた。
「信じるもの信じないもアナタ次第ってやつ?」
「だって、私も経験してなければ嘘っぽいと思っちゃう話だもん。結局さ、見た人は多かったけど、集団幻覚みたいな扱いになったんだよね。あの笑い声だって私らの気のせいかもしれないし」
「パニック状態ってやつ?でも、その引き金のずぶ濡れの幽霊は部屋にいたみんなが見てるんでしょ?」
「そう。ほとんどの子が話の内容も覚えてたの。でもね、もうひとつ怖い話があってさ……」
「ちょっ、やだやだやだぁ」
恵美梨は怖い話と聞いて半泣きで布団の中に潜り込んでしまった。怖がりだから仕方ないと、恵美梨はそのままにして心愛を見る。
「部屋にいた十六人と先生の半分以上が、柳田と源川って名前を覚えてたの。でも、その旅館にそんな名前の人が働いていた記録なんて無かったの」
「……昔だから記録が無かったんじゃない?」
「ううん。その旅館、できて十年も経ってないの。創業からいる人たちも多いけど、そんな二人知らないし、露天風呂を増設したこともないっていうの」
「聞いたんだ」
「怯えてる子も何人もいたし、旅館もそんな事実はないって証明したかったんじゃない?……まぁ、隠蔽してたとしても本当のところは分からないけどね」
心愛の話を聞いて、けっきょくはヒトコワなのかもね。と、オチをつけて、今度は別の話に花を咲かせた。恵美梨はあのまま寝落ちしたようだった。
翌日、早く目が覚めた恵美梨は隣の敷布団が乱れていることを不思議に思った。一緒に来るはずだった望美は風邪をひいたせいで急遽断念となった。それは旅館にも伝えたはずだ。
それなのに、どうして布団が五組があったのだろう。
どうして、恵美梨の横が空いているのだろう。四人なのだから、左右に二人ずつになるのが普通じゃないのか。
「……なんで、濡れてるの……?」
敷布団だけが湿っている。その周囲に水の気配はない。
その異様さに肌が粟立った恵美梨は半泣きで友人たちを起こしにかかった。
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