自分が嫌いだった
「あははっは、見ろよアイツまだ走ってんぞ!!」
「うーわマジだ!!おっせー」
高校の2年生のあるクラス
体育の授業後の昼休み。教室の窓から見えるグラウンドで1人の生徒がトラックを走らされていた。
理由は水泳の授業だという事を忘れ水着がなかったから。
水着がないと授業にならない、と
水泳の代わりに走れ、と
体育教師が生徒を走らせていた。
その生徒は運動が苦手で体育の授業が嫌いだと言っていた。
体育教師に目をつけられているのも手伝い、授業中は心底嫌そうだった。
そしてそんな生徒を笑い者にする生徒。
笑い者にする対象はコロコロ変わるが笑う人間は毎回同じ。
「なぁユウ、もうすぐ昼休み終わるからアイツの着替えしまっといてやろうぜ!!」
「しまうって何処に?」
「あそこに空いたロッカーあるだろ?」
「はは!!ショウ最低だな!!」
「ケンジだって笑ってんじゃねーか!!」
毎回人を笑う中心人物の二人。
そして取り巻きとされてしまった俺。
雰囲気を崩すのが怖かった。空気を読むのに必死だった。そして笑われるのが嫌だった。
気がつけばイエスマンの様になった。二人に都合よく使われているのには気がついている。
「やばっちょっとトイレ」
彼らの様な言動は嫌いだった。
俺には自信が無い。彼らの様に周りを主導する自信が無い。
俺には勇気が無い。嫌いな彼らを否定する勇気がない。
イジメを止める勇気も無い。俺は逃げる事しか出来ない。
あの二人も、理不尽な体育教師も、そして笑われている彼も嫌いだった。
別に用も無いトイレに行き、手を洗う。
ふと鏡を見た。多分俺は自分が一番嫌いだ。
重い足取りで教室に戻っていく途中笑われていた彼と会った。
自分とは違う理由で足取りの重い彼に何と言えばいいのだろうか。
何を言ってもダメだろう。
気まずい無言で共に教室に着く。
何故か静かだった。なんだろうと教室に入ると眩しい光と下に落ちる感覚に襲われた。
* * * *
気を失っていたのだろうか?目の前にいきなり中世風の鎧を来た人間が現れた。
ここはなんだろうか石造の建物の中のようだ。
そこへ兵隊らしき人物が声をかけてきた。
「ようこそ勇者様。フリューゲル王国へ!!」
歓迎されているようだ。勇者って草生える
「勇者様は我が国に召喚されたのです」
誰にだろう?
運動が苦手な彼が教室で友達と語っていた漫画の展開に似ている。
楽しそうに話すからつい買ってしまったんだよなー。
「さぁこちらへ、国王様がお待ちです。」
王様に会う必要があるらしい。何故だろう?会ったところで何だって話だ。
せめて召喚?の事や帰る方法を教えてくれんとなー。
何か案内してくれている兵隊の眉がピクピクしている気がする。
痒いのかな?かけばいいのにな。
兵士に連れられ謁見の間という所に通される。
「おお、よくぞ召喚に応じいらしてくれた」
応じた記憶はない。
落ちたっぽい感覚はある。
「召喚した理由なのじゃがな?この世界はある危険に晒されておる。」
漫画で見たやつー。
この先の展開も読めそう。
「それは魔王とその群勢にじゃ」
でしょうね。
王様の眉がピクピクしてる。
この国の風土病みたいなものかのかな?眉が痒くなる病?
「そこで各国が勇者を召喚しそれぞれ支援をして、最終的に連合を組み魔王に対抗しようと決まったのじゃ。」
勝手に決めて俺を巻き込まないで欲しい。
そっちで勝手にやっといてよ。
王様の隣に居る男性の眉が吊り上がってきている。
痒いのかな?痒みを誤魔化すために動かしてるのかな?王様達みたいに。
「そ、それでじゃな、勇者殿には我が国を代表して連合に参加して欲しいんじゃ。」
国民でもなんでもないのに国を代表するの?
誘拐しといて国を代表して戦えと?生贄か?
そういうのいいんで帰る方法教えてよ。
「帰る方法は魔王を倒せば帰れる」
あ、知ってるよそれ。本当は無いやつだ。
魔王倒したら勇者殺すヤツでしょ?
でもここまで漫画に似た展開が来ると作者は帰る事の出来た元勇者だったりするのかな?
とりあえずどうすっかなー
「ッ!!もう我慢ならん!!王よこの者を不敬罪として処断する許可を!!」
なんかオッさんが怒ってるな。
何で怒ってるんだろう?ああもしかして口を開くの面倒で無言だったからかな?
『気が動転していて』とか言えば誤魔化せるかな?
「無理じゃな。」
あっオッさん、処断?無理だって!!残念!!
「無理なのは誤魔化す事じゃ勇者よ」
勇者って俺だよな?
周りを見るとなんか豪華な鎧を着た、なんか強そうな雰囲気の男と目が合った。
あぁもしかしてあれか?
なんかさっきまで処断がなんだ言ってたオッさんのコッチを睨んでた目元がフニャッと緩む。
現実逃避をしながら勇者を探す。
やっぱり豪華な鎧は目を引くな。
「・・・・それで勇者よ。いやユウよ。」
名前呼ばれたなー
なんで知ってるのかな?
「鑑定をしたからだ。職は勇者とあるが戦闘スキルが無い。貴様は本当に勇者か?」
知らんがな。
戦闘スキル?なんとなく想像つくが世間一般の高校生が持ってる訳ないだろ。
空手とか格闘技習ってるんたら兎も角、習ってない人間が戦闘スキルを持ってたらヤバいヤツだぞ?
あぁスポーツでもなんかあるか?タックルとか。
「過去の召喚された勇者は戦闘スキルを多く持っていたぞ?それに戦闘経験もあった。」
平和な現代日本ではあり得ないね。その勇者修羅の国の人じゃない?
「・・・・つまり役に立たないという事だな?」
役に立ちたくないけどね。戦争するんでしょ?
「はぁ、衛兵よ!!この者を城から摘み出せ!!」
兵隊が2人、俺を拘束して謁見の間から出そうとしてくる。
ちょっと痛いんだけど?あんたら鎧着てるけどこっちは制服よ?生身よ?
金属で腕締め上げられてるんだけど?
あ、ちょっと緩んだ。優しい。
* * * *
「あれはダメだな。次の召喚の準備をせよ!!」
「ハッ!!」
王の指示に慌ただしく周囲が動き始める。
「陛下。やはりコストを削るためとは言え、協同召喚の召喚者は質が良くないのではないでしょうか?」
「かもしれんな。戦闘スキルも経験もないと言っていた。それが当たり前だと。
協同召喚は集団として召喚されると説明されていたからな。集団ならどんな召喚者に当たっても能力の差がほぼ無いと言うから他国と協力したというのに。次は我が国だけで召喚をする。」
「国王陛下、公爵閣下。この様なら他国も同じかも知れません。急ぎ偵察の許可を。」
「許す。あの召喚者だけが無能だった可能性もある。有能そうなら引き抜きも外務大臣の裁量に任せる。」
「ハッ!!取り急ぎ暗部に指示を出して来ます。」
外務大臣と呼ばれた男が謁見の間を後にする。
「陛下よろしかったので?」
「宰相はヤツが気に入らんか?」
「あの大臣は少々暗部を自分の手駒のように使いすぎです。暗部が外に多く出るため国内の情報が少なくなっています。ただでさえ地方貴族の反王家派閥が勢力を伸ばしているのですよ?」
「所詮辺境貴族よ。まだ王政に揺らぎも見せん。それより勇者が不在では他国に遅れを取るかもしれんのが問題だ。奴の言うよう今は他国の情報が必要だ。」
「それはそうですが・・・・。」
「まぁまぁ陛下も宰相もそのぐらいにしませんか?私も勇者については気になるのですが、あの無礼者はなんのスキルも持っていなかったのですか?」
「そうだな。鑑定結果は戦闘スキルは無しだ。他のスキルも算術など勇者としては役に立たない。
あぁそういえば鑑定士が読めんと言ったものがあったそうだ。」
「読めない・・スキルですか?確か召喚勇者には特別なスキルが付与されると聞きますがそれでしょうか?」
「公爵閣下。スキルではありませんよ。期待するだけ無駄でしょう。特別なスキルも鑑定士は読めます。所であの召喚者はベラベラ喋っていましたが本人の意思ではなさそうでした。気がついたでしょう?」
「確かに思った事をそのまま口に出している風でありましたな。私もそれに気づき処刑は大袈裟かと思い直しました。」
「まぁそれでですね。あの思った事を話すものは呪いではないかと。鑑定士が読めないのも無理はありません。」
「あぁそれは納得だ。あれは確かに呪いだ。陛下、あの者が我が国の勇者にならなくて良かったですな。」
「うむ。国外追放でもよかったが他国に勇者が使い物にならなかったと知られるのも面倒だからな。あれは敵を作る。勝手に死ぬから放って置けばよい。」
王と公爵が笑い合う声が謁見の間に響いていた。