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子猫になった気弱魔導士は猫嫌いの氷の宰相に愛される  作者: はんぺん


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80/200

80話

「私の命を救ってくれた黒い子猫は、精霊はではなく実は人間――いま王都で話題になっているアイカという名の女魔導士――だったの」


 マリーナからそう告げられた時、全員が息を吞み、そして一呼吸置いた後にざわめきが広がった。


 アイカが話していた通り、彼女の噂は王都中に広まっているらしく、使用人全員が彼女の名を知っていた。


「彼女については色々と悪い噂や、聖女を襲ったという疑いまであるようだけれど、皆は彼女についてどう思っているのかしら?正直に教えてくれると嬉しいわ」


 この話を使用人たちにも共有すると決めた時、アイカに忌避感を持つ者が出るかもしれないという事は既に想定済だ。


 もし説明をした時点でアイカを快く思わない者が出た場合は、話を聞いた部分の記憶を消去するという事で、アイカや精霊たちとは話が付いている。


 長年仕えてくれた者にそんな仕打ちをするのは心苦しいが、アイカの信頼を得るために精霊たちと誓約を交わした時から、彼女を守る事を最優先にしようとマリーナは固く決意していた。


(できれば彼らの記憶を消すような事にならなければいいのだけれど)


 内心でそう願いつつ、マリーナは慎重に皆の様子を伺う。だが意外な事に、驚いたり戸惑ったりする者はいても、不快そうな様子の者は見当たらない。内心で首を傾げつつ、彼女は自分のほうから皆に水を向けた。


「たとえば、彼女がこの屋敷にいる事に不満がある人はいないのかしら?」


 その問いかけに、いち早く答えたのはメイドのシェリーだった。


「そんなまさか!すごくびっくりしましたけど、全然不満なんてありません!実はアイカ様は、王都での魔物騒ぎの時に、冒険者をやっている兄を救ってくれた命の恩人なんです。それなのにまさか、マリーナ様まで救って下さっただなんて。むしろ、少しでもご恩返しがしたいので、できるだけ長くこの屋敷に滞在していただきたいくらいです!」


 嬉しそうに話す彼女の周りにいる他の使用人たちも頷いている。聞けば、彼らの友人や家族もアイカが作った薬によって救われたらしい。事件後も、後遺症がないかどうかを気にして、彼女はわざわざ様子を見に家まで訪ねて来てくれたのだという。


「アイカ様に関して色々と良くない噂があるのは知ってましたが、実際にお会いしてみたら魔導士にしては珍しく、とても謙虚で優しい方でした。その日の夜は、噂ってのは本当に当てにならないもんだって、仲間たち全員で話していましたよ」


 下男が神妙な面持ちでそう言うと、今度は御者が興奮した面持ちで話し始めた。


「私には魔道具ギルド職員に友人がいるんですがね、何か月か前に設置された新しい街灯は魔導学院の教師が考案したって事になってますが、実際に考案したのはアイカ様で、魔道具師たちと一緒に苦労して作り上げたものらしいですよ?あの街灯のおかげで治安が良くなって、夜道でも安心して馬車を出せるようになったので、彼女には本当に感謝しているんです」


 他にもアイカに対して好意的な意見が続々と出てマリーナが驚いていると、いつもアイカを守っている精霊たちが、得意げになって語りかけて来た。


『避難場所に危険なところは選ばないよー』

『この屋敷の人間は、きっちり審査済ー』

『どろれす以外は、みんな合格点取れてたのー』

『だからアイカを連れて来たのー』


(ああ、そういうことだったのね)


 マリーナは納得して頷いた。


 つまり、精霊たちがアイカをこの屋敷に連れて来たのは偶然ではなかったのだ。


 彼らはあらかじめこの屋敷について逐一調べた上で、彼女の身を害される可能性は低いと判断し、ここを避難先として選んだのだ。もちろん、彼女に身に良くない事が起きる兆候があれば、即座にここを出て行くつもりだったのだろう。


 精霊たちの話を聞いたマリーナは、保護されていた屋敷で殺されかけたせいでアイカがこの屋敷に逃げて来た事を皆に説明した。


「恩人であるアイカ様が、そんな酷い目に遭っていたなんて!」


 シェリーが憤慨すると、庭師のトマスが気の毒そうな顔でため息をついた。


「なるほどそうでしたか。だからアイカ殿は、人目につくのを恐れていたのですなあ‥‥‥」

「ええ。それなのに彼女は、人に見つかるかもしれない危険を冒してドロレスの罪を暴き、限界まで力を使って私の病を治してくれたの」

「それじゃあ今度は、俺たちが恩返ししなきゃあいけませんぜ!」

「私も異存はございません」


 料理長のバルデムが泣きはらした目で意気込むのに、執事のクラウスが賛同する。彼ら以外の使用人たちもみな、二人に同意して力強く頷いている。


「ありがとう。どうしたら彼女にこの恩を返せるのかはまだわからないけれど、まずはせめてこの屋敷にいる間だけでも、彼女が安心して過ごせるようにしてあげたいの。皆も協力してくれるかしら?」


 マリーナのその申し出に異を唱えるものは誰もいなかった。この場にいる全員が、敬愛する女主人の命を救ってくれた恩人を、どんなことがあろうと必ず守ると決めていた。


 こうしてアイカは、どこよりも安全で、安心して過ごせる居場所を手に入れたのだった。

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