8話
魔導士とは、自分の魔力を対価にして精霊の力を借りる事により魔法を使う。そのため、豊富な魔力を持ち、難解な精霊言語を習得するだけでなく、精霊からの信頼を得た者だけしかなれない特別な職業である。
その理由から、かつてこの国で魔導士といえば、優れた人格と能力を持ち、精霊に選ばれた特別な者として、国民からの憧れと尊敬とを一身に集めていたものだ。
「それがどうだ?今では、魔力はあっても満足に精霊言語を話せない奴や、いかにも精霊から嫌われていそうな自分勝手で傲慢な貴族どもが、どういうわけか精霊と契約して魔導士を気取ってやがる」
ビンデルが苦々しい顔で言い捨てる。魔道具ギルドでは、魔道具製作のために魔導士に協力を仰ぐ事が多い。おそらく、彼はその都度嫌な目に遭わされてきたのだろう。
「あたしの連れ合いが流行り病でぽっくり逝っちまった頃はまだまともな魔導士もそれなりに残っていたけど、いつの間にこんなに魔導士の質が落ちてしまったのかねえ。このところ嫌な話ばっかりでこの国が心配になってくるよ」
ミルパは頬に手の平を当てると、深いため息をついた。
「そうそう、嫌な話といえば、実はここ数年の間に教会のお偉いさんや魔導士が何人も行方不明になっているっていう、変な噂話も流れているよねえ。はじめはあたしも、あくまで噂だと思って気にしていなかったけど、こないだ店に食事に来た役人が、酔った拍子に行方不明の話は本当だって、ぽろっと漏らしたのを聞いちまってから、あたしは何だか不安でねえ」
「俺もその噂なら聞いた事があるぜ。けど、ありゃあ単に病死や事故で亡くなったのを、さも事件に巻き込まれかのように誰かが言いふらしただけだと思うぞ?もし何か本当に事件が起こっているなら、とっくに精霊がその事を聖女様に知らせて、精霊教会や国が動いているだろうしな。だから何も心配する事なんかねえよ」
ビンデルが笑いながら言った。
「この国では確か、精霊から特に好かれていて、光属性魔法を使える男性を聖人、女性を聖女と呼ぶのですよね?」
二人の会話が気になったアイカが口を挟む。
「おう、そうだぞ。今代の聖女様は精霊の姿が見える精霊眼を持つだけでなく、精霊言語無しでも精霊との意思疎通が可能らしくてな。いつも周りを精霊に囲まれていて、そのお力は歴代最高だって話だ。だから週に一度の礼拝日には、癒しの魔法を求めて国中から病人やけが人がわんさか押し寄せてくる。こんなにも精霊から愛される聖女様がいる限り、この国に悪い事なんて起きる訳がねえよ」
「言われてみれば確かにあんたの言う通りかもね。聖女様がいるのだから、心配する事なんてなかったよ」
ミルパが安心したように笑う。この国では、聖女に対する国民からの信頼はかなり厚いようだ。
(精霊言語無しでも精霊と意思疎通ができるという事は、聖女様も私と同じように心の中で語りかけるだけで精霊と会話できるのかしら?それなら、一度会って話してみたいわ)
だが、ビンデルの話を聞いた限り、礼拝時に彼女と会うのはなかなか難しそうである。
「そういや、あんたはまだ、聖女様に会った事がなかったっけね」
アイカはその問いかけに頷いた。
「ええ。私は聖女様もこの国の精霊樹もまだ一度も見た事がなくて。でも建国祭の時に、学院の成績優秀者は聖女様や大司教様と一緒に、精霊教会の奥の間に安置された精霊樹を見る事ができると聞いて、毎日勉強を頑張っています」
この国で精霊樹が一般公開されていない事を知った時、アイカは愕然として言葉を失ったものだ。それというのも、精霊樹をこの目で直接確かめる事は、彼女がこの国に来た本来の目的だったからだ。