7話
「あんたの国の料理は本当に美味しいねえ。初めは少し薄味じゃないかと思っていたけど、こうして舌が慣れてくれば、しっかりと素材の持つおいしさや旨みを味わえる。最近ではみんなその事に気づいたのか、香辛料が苦手な客だけでなく、普通の客からの注文も増えてねえ。おかげで店は大繁盛だよ。あははは!」
恰幅のいい肩を揺らして笑うミルパを見て、アイカも思わず嬉しくなる。
「よう、ミルパ、朝っぱらから随分とご機嫌じゃねえか」
「おや。ビンデルじゃないか。あんたがこんな時間に来るなんて珍しいね。朝は定食しか出せないけど構わないかい?」
朝食を食べ終えて休憩のために自宅に戻ったジーナと入れ替わるように店にやって来たドワーフは、笑いながらひらひらと太い手を振った。
「いや。今日は食事じゃなくて、そっちの嬢ちゃんに話があってきたんだ」
「ビンデルさんが私に?なんでしょうか?」
アイカがビンデルと知り合ったのは、彼女が生活費を稼ぐために、光の精霊の力を借りて灯りをともす街灯を発明し、その設計図を魔道具ギルドへ売りに行った時だった。
彼は副ギルド長を務めている古参の魔道具師で、元々は鍛冶師だったが腕を怪我して鍛冶ができなくなり、生来の器用さを生かして魔道具師に転職したのだという。
「嬢ちゃんが設計図を持ち込んだ例の街灯の事なんだかな、王都中に設置してからもう三か月ほど経つが、一度も問題を起こす事なく稼働してるってんで、えらく評判が良いらしい」
「!それはよかったです」
「動物油や魚油を使っている灯りと違っていやな匂いも無いし、風で消えちまう事もねえ。しかも辺りが暗くなると自然に点灯するってえ優れものだ。この設計図は完璧だと、製作に関わった魔道具師の連中はみんな感心してるんだぜ?それに、光の精霊が好む光系統の魔力を集める刻印をいれて、精霊の力で灯りをともすなんて発想は、今まで誰も思いつかなかったしな」
「ええと、ありがとうございます?」
ビンデルが何を言いたいのか分からないが、アイカはとりあえず礼を述べた。
「この街灯のおかげで、夜道でも馬車を安全に走らせる事ができるし、犯罪数がかなり減ったってんで、王都の奴らは皆喜んでる。俺ら魔道具師と嬢ちゃんが一緒になって設置する時に不具合がないか全部の街灯を確認して回った甲斐があったってもんだ」
「あの時は、ほぼ毎日、睡眠時間を削る事になってとても大変でしたけど、苦労が報われてよかったですね」
「そうだ。あの街灯は、嬢ちゃんと俺ら魔道具師が一緒になって苦労した末に、やっと完成させた最高傑作の魔道具だ!」
ビンデルは誇らしげに声を張り上げる。だが、すぐに渋い顔になってアイカを睨みつけた。
「なのに、なんであの街灯の開発者が嬢ちゃんではなく、見ず知らずの魔導士の名前で申請されてるんだ?」
「それは‥‥‥」
いつになく厳しい目をしたビンデルにひたと見つめられ、アイカはぐっと下唇を噛んでうつむいた。その様子を見た彼は、案の定だったかという顔をして太いため息をついた。
「まあ、なんとなく予想はついているけどよ、一応何があったのか嬢ちゃん本人の口から聞かせちゃあくれねえか?」
ビンデルから諭すようにそう言われ、仕方なくアイカはぽつりぽつりと事情を説明し始めた。
アイカが魔道具ギルドに街灯の設計図を持ち込んだ時、彼女が金銭に不自由している事を見抜いたビンデルは「設計図を売るだけでなく、街灯が実用化された時に、開発者として使用料を貰えるようにしておいたほう方がいいぞ」と、忠告してくれた。
そこで翌日、彼女は魔導学院の授業を終えたあとの空き教室で開発者申請の準備をしようとした。
「でもその時、偶然通りかかった精霊学の先生に声をかけられて、ギルドへの申請なら手慣れている自分に任せるように言われました。でも私は、設置まで携わったからには申請も自分で行いたいと説明してお断りしたんです。そうしたら急に、教師に逆らうのかと激高した先生に無理やり書類を奪い取られて――」
今にして思えば、あの日教師は彼女がいる教室を偶然通りかかったのではなく、どこからか街灯の開発者がアイカだと聞きつけて、わざわざ彼女を捜してやって来たのだろう。
説明を聞き終えたビンデルは、眉を寄せて不機嫌そうに舌打ちした。
「まさかとは思ったが、やっぱりそうだったか!教師のくせに生徒を脅して功績を取り上げるなんて、許せねえな」
ミルパの子供たちがうつむいてしまったアイカを慰めているのを見ながら、ビンデルが怒りを露わにする。
「まったくだよ!ひと昔前の魔導士たちが今の魔導学院の腐敗ぶりを知ったら、さぞかし嘆くに違いないよ」
彼に負けず劣らず憤慨しているミルパが吐き捨てる。