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62話

「皆そろったようですね。ではいただきましょうか」


 翌朝。クラウスの声かけで、地下の食堂で使用人たちが朝食をとりはじめた時、料理に塩をかけようとしていたドロレスが急に立ち上がった。


「ドロレス、どうしたの?」

「塩が入れ物の中で固まっていて上手く出てこないみたいなの。ちょっと厨房に行って取り替えてくるわ」


 声をかけてきた使用人仲間にそう説明すると、ドロレスは足早に食堂の出口へと向かった。


(今なら厨房には誰もいない――あの女のための料理に毒を入れるのに絶好の機会だわ)


 ポケットに手を入れて毒の小瓶がある事を確かめながら、彼女が食堂を出ようとした、まさにその時――


『ああ、もう!あのお方からの好意を得るために、わざわざ面倒な病人の世話係に立候補したっていうのに、これじゃあ今までの努力が水の泡じゃない!』


 突然、食堂に若い女の声が響き渡った。


「急になんだ?」

「これって誰の声?」

「どこから音が出ているんだ?」

「病人って──まさかマリーナ様のこと?」


 食堂にいた使用人たちが驚いて辺りを見回していると、またしても声が聞こえてくる。


『それに、昔からつまらない事で私を叱りつけてきたあの女!せっかく苦労して手に入れた毒をバレないように毎日飲ませて、あともう少しで始末できそうだったのに。たった数日でこんなに持ち直すなんて信じられない!一体どうなっているのよ!?』


 新たな声を聞いた使用人たちが騒然となった。


「ちょっと待って、いま毒がどうとかって言ってなかった?」

「しっ!まだ続きがあるみたいだ」


『そうだ、あの女の部屋に入れないのだったら、いっそのこと厨房に忍び込んで、運ばれる前の食事に毒を盛ってしまえばいいのだわ!そうすれば、あの女が死んで、真っ先に疑われるのは、あの小生意気なシェリーだものね』


 女の声で語られているのが、マリーナの殺害計画である事は明らかだった。


「やだ、これってマリーナ様を毒で殺そうとしているってこと?」

「シェリー、あんたに罪をなすりつけるって言ってるよ?!」

「ええっ?私ですか?」

「一体誰の声なんだ!」

「いや、ちょっと待てよ。この声、聞き覚えがあるぞ」

「私もよ。そうだわ、確かこの声って──」


 背後にいる使用人たちの視線が、今まさに食堂を出ようとしていた自分に集まるのを感じて、ドロレスは顔色を失った。


(なによこれ?!なんで私の声が!)


 動揺したまま、彼女がその場に立ち尽くしていると、


「ドロレス、ポケットの中に入れている物を見せなさい」


 いつの間にかすぐそばに来ていたクラウスが、ポケットに入ったままだった彼女の手を掴んでいた。


「い、いえ、これは別に何でもないんです!」


 我に返ったドロレスは慌てて身を引こうとしたが、彼はそれを許さない。


「なんでもないなら見せられるでしょう」

「まって、クラウスさん──あっ!」


 ポケットから強引に手をひっぱり出された拍子に、小さな瓶が床に転がり落ちる。


 眉を寄せたクラウスが瓶を拾い上げるのを見て、ドロレスの顔が絶望の色に染まっていく。瓶を開けて匂いを嗅いだ途端、クラウスの表情が一気に険しくなった。


「これは、キアラネア草の毒?一般には流通していないはずの劇薬ですが、あなたは一体これを使って何をしようとしていたのですか?」

「あ‥‥‥ああ‥‥‥」


 焦点の合わない目をしたドロレスが、がくりと膝をつく。


 クラウスはマリーナが病に倒れてからは薬学を修めており、様々な毒にも精通している。その彼が断じたからには、もう言い逃れはできない。しかも実際に毒の入った小瓶という揺るぎない証拠がある以上、彼女が罪を免れる事はできないだろう。


 自分の破滅を理解したドロレスが声を上げて泣き崩れる。だが、そんな彼女を見ても、誰一人として同情して駆け寄ろうとする者はいなかった。






「まさか自分の仕える主を殺めようとするとは‥‥‥」


 両手に手枷(てかせ)をはめられたドロレスが、魂の抜けた顔で憲兵に引き立てられていく。その様子を屋敷の玄関から見送ったクラウスは、深いため息をついた。


 既にマリーナの夫や息子には伝令鳥を飛ばして彼女が毒殺されかけていた事を伝えたが、彼らがこの屋敷に戻ってくるまでには時間がかかりそうだ。


 夫はマリーナの病を治す方法を捜して国外に出ているし、王城勤務の息子からは、国防に関して急を要する事案があり、当分戻れそうにないという返信が届いている。


(仕方のない事とはいえ、お二方ともきっと今頃はマリーナ様が心配で、気が気ではないでしょうに)


 彼らは高位貴族にしては珍しく、非常に仲睦まじい事で有名な家族なのだ。


 だが、こんな事態が起こったにもかかわらず、マリーナの容体が今までになく落ち着いているのはせめてもの救いだった。


(しかし、あの不可解な事件が起きなければ、我々はドロレスの企みに全く気づかず、近い将来マリーナ様はお命を落としていた──やはりあれは精霊の仕業なのでしょうか)


 屋敷の使用人たちは皆、マリーナの部屋からドロレスだけが締め出され、毒殺を企てる彼女の独り言が彼らの耳に届くように再生されたのは、きっと精霊たちがマリーナを助けてくれたのだろうと信じきっている。


(もし本当にそうなら、マリーナ様の病も治してはくれないだろうか‥‥‥)


 我ながら図々しい事だと苦笑しながらも、クラウスはそう願わずにはいられなかった。

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