6話
「見てよ、あの嘘つき魔導士!いい気味だわ」
「人の功績を掠め取ろうとしたくせに、ずうずうしい。とんだ性悪女だな」
アイカの小さな背に向かって、身に覚えのない事でいくつもの罵声が浴びせられる。彼女は振り返って言い返したくなるのをぐっとこらえながら、行き交う人が増え始めた大通りを歩き出した。
(いつも功績を掠め取られているのは、私のほうなのに。やっぱりまた変な噂を流されているのね)
アイカは肩を落としてとぼとぼと歩きながら、今日何度目かのため息をついた。
魔導士たちによる陰湿な嫌がらせは、彼女が魔導士試験を首席合格した時から始まった。
最初の嫌がらせは王城での謁見式に関するもので、魔導士試験の合格者は国王からねぎらいの言葉をかけられる事が通例で、当然アイカも王城に招かれるはずだったのだが、なぜか招待状が届かなかったのだ。
彼女がこの事を初めて知ったのは、式の翌日に学院長から呼び出された時だった。
「君が謁見式を無断欠席したのは、首席合格に浮かれて深酒した挙句、二日酔いで寝込んでいたせいだという噂が飛び交っているのじゃが、本当かね?」
学院長のモルドからそう問いただされたアイカは、驚きのあまり呆然とした。
謁見式があった日アイカはずっと店を手伝っていた、という下宿先の人々の証言と、彼女あての招待状が学院の廃棄書類入れの中から見つかった事で疑いはすぐに晴れ、学院長自らが、彼女に関する不名誉な噂は全く根拠のないものだと学院中に告知してくれた。
だが、それでも魔導士たちの疑いが消える事はなく、その後もこの事件を持ち出して彼女を口汚く罵る者はあとを絶たず、最近では提出した論文を盗まれたり、申請書類を勝手に書き換えられて功績を奪われたりと、段々と嫌がらせが激化してきている。
(精霊のみんなを抑えるのも難しくなってきたし、本当にどうしたらいいのかしら)
何度もため息をつきながら歩いているうちに、ようやく彼女の下宿先である食堂、〔虎のしっぽ亭〕に帰り着く。どうやら既に朝の忙しさは一段落していたらしく、女店主のミルパが、自分の子である幼い双子と通いの女性店員のジーナに、朝ごはんをふるまっていた。
「アイカお姉ちゃんだ~。おかえり~!」
「おかえり~!」
「ミイ、ネイ、ただいま」
「おかえりなさい、アイカさん」
「お疲れさまです。ジーナさん」
「おや、ちょうどいい時に帰ってきたね!今スープを温めなおすから、あんたも一緒におあがりよ」
「ありがとうございます。ミルパさん」
子供たちやジーナの明るい笑顔と、ミルパがふるまう温かい料理が、落ち込んでいたアイカの心を癒してくれる。
この情に厚い恰幅のいい女店主は、アイカが学院から入寮を断られ、途方に暮れて町をさまよっていた時、声をかけて料理をふるまってくれただけでなく、店の二階にある空き部屋に住まわせてくれた大恩人だ。
「味はどうだい?今日の朝食はあんたから教わったスープに手を加えて作った自信作なんだけど」
「とてもおいしいです!」
「そうかい!それはよかった」
素材の旨みや出汁を味の土台にしているアイカの母国料理とは異なり、とにかく香辛料を過剰に使うエーベル王国の料理は彼女の口に合わず、初めてミルパと出会った時も、ふるまわれた料理を口にするなり、辛さにむせて咳込んでしまった。
恩を仇で返すような事をしまったと、青ざめたアイカだったが、意外にもミルパは怒るどころか口に合わない料理を出してしまった事を詫びて、下宿代をまけるかわりにアイカの国の料理を教えてほしいと持ち掛けてきた。
聞けば、彼女は以前から、香辛料が苦手な者や獣人でも美味しく食べられる料理を作ろうと試行錯誤していたらしい。それというのも、今は亡き虎獣人の夫との間にできた、半獣人である彼女の子供たちは、香辛料がきついこの国の料理をあまり好まず、もっぱら果物や生野菜ばかりを食べているのだという。
愛する子供たちに香辛料を使わずに美味しくて温かい料理をふるまいたいという、ミルパの切実な願いを聞かされたアイカは、その申し出を喜んで受け入れた。
母国で薬膳の研究をするのに調理の腕を磨いていたせいで、料理に関しては人並み以上の腕前を持っていたし、人助けができる上に居場所まで提供してもらえるのだから、彼女に断る理由などなかったのだ。
こうして、アイカの丁寧な指導のもと、香辛料を使わない新しい調理方法を習得したミルパは、今では以前から出していた香辛料たっぷりの料理の他に、旨味や出汁を基本にしたアイカの母国料理を店の品書きに加えている。