57話
『それはもう、嫌がらせの範囲を超えているのではないかしら』
困惑するアイカに、精霊たちはさらに恐ろしい事実を伝えてきた。
『あいつ、食事の時に少しずつ毒を盛ってるのー』
『え?今、なんて言ったの?』
ぎょっとして問い返すと、集まっていた精霊たちが必死に訴えかけて来た。
『どろれす、まりーなにスープだけは飲ませてるのー』
『でもスープには毒が入っているのー』
『だからまりーな、毎日どんどん弱ってきてるー』
『味や匂いがあまりない毒だから、誰も気づかないー』
『この事を知らせたくてもできないのー』
『くらうす達には僕らの声が聞こえないのー』
『このままだと、まりーなの命が危ないのー』
『まりーなを助けてー』
『お願い、助けてー』
『お願いー』
『ま、待って。みんなちょっと一旦落ち着いて』
アイカは興奮する精霊たちを必死になだめて何とか落ち着かせると、彼らの話を確かめるために魔法でマリーナを診察した。
『本当だわ‥‥‥。毒のせいでかなり内臓が弱っているみたい。それに、彼女はとても珍しい病にかかっているのね』
『まりーなの病気がわかるのー?』
『治せるー?』
『この病を今すぐ治すのは無理だけれど、毒を取り除くことならできると思うわ』
興奮している精霊たちにそう説明すると、アイカは水の精霊に頼んでマリーナの体内に残っている毒を特定してもらい、光の精霊の助力で解毒魔法をかける。すると、マリーナの顔に少しずつ血色が戻って来た。
『まりーな、苦しそうじゃなくなったー!』
『まりーな、これで助かるー?』
『ごめんなさい。体に溜まっていた毒は全部取り除いたけれど、病のほうまでは――』
『まりーなの病気は治してくれないのー?』
『毒のせいで傷んだ臓器を治して、体力を取り戻してからでないと、治療する事はできないわ』
『すぐ治らないのー?』
『失った体力は魔法では回復できないの。だから元の体力を取り戻すには、少し時間がかかると思うわ』
心配そうに飛び回る精霊たちに、アイカは丁寧に説明した。
『時間がかかってもいいよー。まりーなを治してー』
『まりーなを元気にしてー』
『それは――』
彼らに懇願されたアイカが言い淀む。
もしマリーナを助けるのなら、まずは食事に毒を盛るドロレスを彼女から遠ざける必要がある。だが、この屋敷の住人にこちらの存在を気取られずに、それをやりおおせる事が出来るとは、到底思えなかった。
(出来る限り、私の存在が人に知られるような危険は冒したくないわ)
何故なら、もし人に見つかって正体が露見するような事があれば、再び命を狙われるかもしれないからだ。
精霊たちから聞いた話では、王都では今、アイカが聖女殺害を企てた挙句失敗して逃げ出した、と精霊教会が大々的に触れ回っており、それを信じた多くの人々が血眼になって彼女を捜しているらしい。
ロイスレント公爵邸で使用人たちに襲われたのも、精霊教会の言葉を信じた彼らが、アイカを危険人物とみなして排除しようとしたせいであるらしかった。
(それに今の私は、人に姿を見られたり、近づかれたりするのが恐ろしくてたまらない――)
聖女に襲われた時の恐怖がまだ消えないうちに、公爵邸で見ず知らずの人々に命を狙われるという恐ろしい経験をしたせいで、彼女は知らない人と接する事に対して恐怖心を抱くようになってしまったのだ。




