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54話

(‥‥‥?)


 そっと薄目を開けると、いつの間にか彼女の体は窓を通り抜けていた。慌てて身をよじり、公爵邸の窓を振り返ると、ちょうど使用人たちが部屋の中になだれ込んできた所だった。


 誰もが恐ろしい形相をしているのを遠目に見て恐怖で体が震えたが、ふわふわと宙に浮かんだまま少しずつ屋敷から遠ざかって庭の木々の間を進んでいくうちに、やがて彼女の心は段々と落ち着きを取り戻していった。


 小さな子猫がふよふよと目の前を通り過ぎていくのを見て、木の幹にいたリスや、枝に止まった小鳥たちが不思議そうに小首をかしげている。やがて木々を抜けて噴水のある大きな庭園に出たが、そこもまっすぐに通り抜けていく。


(精霊のみんなは、もう行先を決めているみたいね)


 そう察したアイカは、おとなしく彼らに運ばれるまま身を任せることにした。







(ここはどこなのかしら?公爵邸を離れてから、随分遠くまできたみたいだけど――)


 いつの間にか眠ってしまったアイカが目を覚ますと、精霊たちと彼女は小さな森の中の小道を進んでいるところだった。


 いつ目的地に着くのだろうと、少し心配になってきた頃、木々の向こう側にえんじ色の屋根が見えてきた。森を抜けると、その屋根はクリーム色の外壁の瀟洒(しょうしゃ)な館のものである事がわかった。


 館の大きさは公爵邸のざっと三分の一ほどだろうか。白い小さな花が咲き乱れた高い生垣が、館の周りをぐるりと取り囲んでいる。白い大きな門の上を飛び越えて、館の前に広がる広い庭園を抜けて行くと、大きな温室に辿り着いた。


『到着したよー』


 どうやらこの立派な温室が目的地であったらしい。入口は施錠されていたが、公爵邸から逃げてきた時と同様に、彼女はふよふよと浮かんだまま温室のガラスを通り抜けて、大きな葉をたくさん生やした背の高い植物の根本にゆっくりと下ろされた。


 あらかじめ精霊たちが準備していたらしく、そこには綺麗な葉っぱや花びらを敷き詰めた、子猫一匹分の寝床が作られていた。


(この場所なら、葉っぱに隠れて周りからは見えないみたいね)


 温室の中は魔道具によって一定の温度に保たれており、季節に影響される事なく快適に過ごせそうだった。飲み水と食料に関しては、水の精霊や樹木の精霊たちが請け負ってくれるらしく、寝床の近くには、もう既に土の精霊が作った器に入った水と美味しそうな果実とが用意されていた。これならば、飢えや乾きを恐れずにいくらでも引きこもっていられるだろう。


『ここに近づく奴がいたら、知らせるー』

『だからあいかは安心してー』


 それに加えて、防犯対策もばっちりのようだ。


(ここは、なんだかとても落ち着くわ)


 精霊たちや植物に囲まれた寝床にぺたんと座ると、自然に安堵の息が漏れ、ずっと緊張していた体から力が抜けた。絶えず不安なままで過ごしていた公爵邸での日々は、彼女が思っていた以上に窮屈で、心に堪えていたらしい。


(ああ、久しぶりに息ができるような、そんな心地がする‥‥‥)


 静かな温室の中にいるのは、自分の他には幼いころから共に過ごしてきた精霊たちだけ。


 やっと安心したせいなのか、彼女は急に眠気に襲われた。


(公爵邸では不安や焦りのせいで、あまり眠れていなかったけれど、ここならぐっすり眠れそう)


『あいか、うとうとしてるのー?』

『眠くなったー?』

『ごめんなさい。少し、疲れたのかも――』


 精霊たちが作ってくれた寝床は、公爵邸のベッドに負けないくらいに柔らかで寝心地が良く、身を横たえるとすぐにまぶたが重くなった。


『みんな、いつも助けてくれて‥‥‥本当にありがとう‥‥‥』

『どういたしましてー』

『友達なら助けるのは当然なのー』

『あいか疲れてるでしょー。いいからもう眠るのー』

『僕たちが守っているから、安心して眠るといいのー』

『うん‥‥‥お言葉に甘えて‥‥‥眠らせて‥‥‥もらうわ‥‥‥ね』


 アイカが完全にまぶたを閉じると、無数の精霊たちが彼女を守るように集まってきた。彼らが心配そうに様子を伺っている気配をくすぐったく思いながら、彼女は深い眠りに落ちていった。

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