43話
『あの、宰相様。私が襲われた件で、とても大事なお話があるのです。私の言葉がわからないのは知っています。でも、これはとても重要な事なんです!』
レイザックには猫の鳴き声にしか聞こえていないとわかっていても、それでも何とかして聖女と杖の事を伝えなければと、アイカは必死になって話しかけた。
だが彼はそんな彼女を不愉快そうにジロリと一瞥しただけで、顔を背けてしまう。
「悪いが、今の君の声は猫の鳴き声にしか聞こえない。どうせ食事や待遇への文句を言っているのだろうが、これが当家で出来る精一杯のもてなしなんだ。頼むから、あまり我儘を言って使用人たちを困らせないでくれ」
冷たい声で一方的にそう告げて会話を打ち切ると、レイザックは乱暴に扉を閉めて足早に立ち去ってしまった。子狐姿の精霊だけが部屋に残り、申し訳なさそうな顔でアイカを見つめていたが、しばらくするとしょんぼりした様子でしっぽをだらりと下げたまま、レイザックを追うように部屋から出て行ってしまった。
『イライザさんやベイリーさんと同じだわ。私がどんなに話しかけても、聞こうとさえしてもらえない‥‥‥』
アイカは深いため息をついた。必死に話しかけたのに、全く取り合ってもらえなかっただけでなく、食事を残した理由を単なる好き嫌いのせいだと決めつけられ、使用人にわがままを言うな、とやってもいない事を非難されたせいで彼女の心は傷ついていた。
(ここでも私は、誰からも相手にされず、身に覚えのない事で責められるのね)
悲しそうに小さな背中を丸める彼女に、心配した精霊たちが寄り添ってくれる。
『あいか、だいじょうぶー?』
『‥‥‥ええ、私は大丈夫。こんな事はもう慣れっこですもの』
無理矢理笑ってみせる彼女を見て、精霊たちはみな心配そうな顔をしている。
『本当に平気だから、そんなに心配しないで。それよりも今は、何とかして宰相様に私の話を伝える方法を考えなくてはね』
から元気で精霊たちにそう告げると、アイカはこちらの言葉を伝える方策について考えを巡らせた。
『あいかの言葉は、ぼくたちにはわかるのにねー』
『ちゃんと聞こえるのにねー』
『ほかの人間には、どうしてわからないのかなー』
精霊たちが不思議そうな顔で首を傾げているのを見て、彼女は思いがけずある事を思いついた。
(そうだ、宰相様と一緒にいた白狐の精霊さんに協力してもらうのはどうかしら?見たところ宰相様の契約精霊みたいだし、お願いすれば私の話を宰相様に通訳してくれるかもしれないわ)
心の中で言いたい事を思い浮かべるだけで精霊と意思疎通ができる能力を生かし、まず自分が話したい事を思い浮かべて白狐の精霊に伝えたあと、レイザックに通訳してもらえば、会話が成り立つのではないだろうか。
(試してみる価値はあるかもしれないわ。またあの冷たい視線で睨まれるのは怖いけれど‥‥‥)
だが今は一刻も早く、聖女が襲撃事件に関わっていた事と、彼女が持つ杖の危険性を知らせなければならないのだ。そんな事を怖がっている場合ではない。
明日レイザックが屋敷に戻ってきたら、この方法を試してみようと決心したアイカは、期待と不安に胸をふくらませながら精霊たちと共にその時を待った。
ところが、今度こそ会話できるかもしれない、と期待を寄せる彼女をあざ笑うように、翌日も、その次の日も、レイザックは屋敷に戻ってこなかった。




