34話
「何と言われようと、俺が預かるのは無理だ。見た目が猫で中身が女だぞ?俺が忌避している物のかたまりじゃないか!見ろ、ソレが自分の近くにいると思っただけでこのザマだ」
そう話す間にもレイザックの顔はだんだんと青ざめてきており、額には脂汗がにじんでいる。
「ああ、そっか。あんたはいまだにあの時の事が忘れられないんだね‥‥‥」
リーラが張り上げていた声を落として、痛ましそうにレイザックを見つめた。
「だけど、やっぱりあたしは、この子はあんたのところで匿ってもらうのが最善だと思う。別にあんた自身がこの子の世話をする必要はないし、顔を合わせなくてもいいからさ。この子を襲った犯人を見つけるまでの間、屋敷で守ってくれないかな?」
「だが、俺は――」
「お願いレイザック。わかっていると思うけど、今はあんた以外に安心してこの子を託せる人がいないのよ」
「わしからも頼む。我々は、実際に禁忌魔法をかけられた生き証人であるアイカ君を絶対に失うわけにはいかんのじゃ。もし、彼女がこうして子猫の姿で生き延びていると知られたら、襲撃犯の背後にいる連中は、今度こそ確実に彼女を消そうとするじゃろう。それだけは何としても阻止せねばならん」
モルドから言われるまでもなく、今優先されるべきなのは彼個人の事情や私情ではなく、アイカの身の安全だという事は、レイザック自身も十分に理解している。
天井を仰ぎ見ながら深く息を吐くと、彼は観念した顔でリーラに向き直った。
「わかった。ではアイカ嬢は俺が預かろう」
「ごめんね、レイザック」
「やめろ。普段ふてぶてしいお前に、そんなにしおらしい顔をされると調子が狂う」
「失礼な!でも、ありがとうね。その子の事、くれぐれもよろしく頼んだわよ」
「‥‥‥善処する」
「ちょっと、ほんとに頼むわよ?!その子の身にもし何かあったら、この国が亡ぶと思って、しっかり守ってよ?」
「随分と大げさだな」
真剣な顔で詰め寄るリーラに呆れた顔を向けながら、レイザックは毛布にくるまれた子猫をおそるおそる受け取った。
腕の中の子猫は驚くほどに軽く、こんなに騒がしくしていても一度も目覚める事なく、あどけない寝顔を見せていた。
「その子の事、くれぐれも大事にしてよ?」
なおも念押ししてくるリーラに、レイザックは苦笑しながら頷いた。
レイザックと同様に普段からあまり他者に肩入れしない彼女が、誰かに対してこんなにも過保護になるのを見たのは初めてだった。つまり、それだけ恩人であるアイカが大事なのだろう。
この後、レイザックが学院を出て行くのを見送ったリーラは、当初の計画通り、学院内に突然魔物が出現したと大騒ぎして、襲撃犯の一味にアイカが魔物化したと誤解させるように偽装した。レイザックの協力で一時的に王都の結界を解除させて魔物を追うフリをして王都を出たあとは、密かに実家のバーザンディ侯爵家の領地に引きこもって出現した魔物と失踪者の繋がりを調査するつもりだ。
一方、モルドは学院の在籍者名簿や魔力の痕跡を確認して襲撃犯である魔導士たちの身元を特定すると、彼らが使用した禁忌魔法の調査のため、世界中に散っている知人や友人に協力を仰ぐべく伝令鳥を飛ばしまくった。禁忌魔法の拡散を防ぐためならば協力を断られる事はまずないだろう、と彼は確信していた。
そして、学院を出たレイザックはというと、屋敷に向かう馬車の中で顔色を悪くしながらため息をついていた。




