32話
「きっと実行役には、禁忌魔法を使うとどうなるのかは知らされていなかったのでしょうけど、代償があまりにもエグすぎるわね‥‥‥」
さすがのリーラも顔色を悪くしている。
「しかし参ったな‥‥‥。これで手がかりが消えてしまった」
落胆してため息をつくレイザックをモルドが笑って励ます。
「大丈夫じゃよ、レイザック殿。犯人たちを捜し出す方法なら他にもあるじゃろうて。とりあえずわしは襲撃犯の身元を特定して、奴らが学院に残した魔力の痕跡を辿ってみようと思っておる。それと他国の知り合いに禁忌魔法について知っている事がないか問い合わせて、協力を仰ぐつもりじゃ。もしかしたら、解呪方法について何か糸口がつかめるかもしれんしな」
「じゃああたしは、ここ数年間の討伐記録の中で、瘴気をまとった強力な魔物がいなかったかどうかを調べて、その魔物の数や出現時期が失踪者の数や失踪時期と一致しないか比較してみるわ」
「なるほど。そういう事であれば俺は、禁忌魔法につかえそうな稀少魔石がやり取りされた記録を調べて、犯人に繋がる手がかりがないか追ってみよう」
気を取り直した三人は、各々の役割を確認しながら、今後の必要になる手配や段取りを取りまとめていく。
「できれば、手伝う者が欲しいところじゃが、アイカ君を襲った連中といい、聖女を勝手に学院内に招き入れた者といい、信用できぬ魔導士がこの学院内に複数紛れ込んでおるとわかったからには、学院内で協力者を募るのは危険じゃしなあ」
モルドが厳しい顔をして腕を組む。
「いや、学院内だけでなく、精霊教会や王宮内にも襲撃犯と同じ組織の者が入り込んでいると考えた方がいい。協力者を募る際は、念のため信用できる者であっても契約魔法で縛ったほうがいいかもしれない」
「確かにそうかも。それなら協力者の選別はあんたに任せてもいい?あたしはこれから学院に魔物が出たと思いっきり騒ぎ立ててその魔物を追って行ったって事にするから」
「ほう。そうする事でアイカ君が魔物化してお前に追われていると、犯人たちに誤解させるのじゃな」
「そうよ。そうしておいて、密かにあの子を安全な場所で匿うのよ!」
リーラが得意げに言った。
「ふむ。安全な場所か。一体どこがいいかのう?」
「精霊がいる場所のほうが安全ならば、聖女に預けるのも一つの手だと思うが」
「それはだめじゃ!聖女も教会の連中もなんか嫌な感じがして信用できん。パニちゃんもそう言うとるし」
『ピピッ!』
レイザックの提案に被せるように、モルドと彼の契約精霊のパニちゃんが揃って反対する。
「嫌な感じがするなどと――そんな主観的な理由で反対されても全く説得力がないが‥‥‥」
ややあきれ顔でレイザックがそう言うのに、リーラが割って入る。
「叔父様が不安がるのって、何となくわかるわ。あたしの契約している子たちも、聖女や精霊教会には何故だか近寄りたがらないのよね。今の聖女が現れる前、トルト様が大司教だった時にはそんな事なかったんだけど」
「そうなのか?キールは元々人前であまり姿を見せない奴だから俺は気付かなかったが」
「それに、もし聖女にこの子を預けて解呪してもらう事を当てにしているのなら、無駄みたいよ。彼女の光属性魔法は自分のそれには遠く及ばないって、さっきからしきりにうちの子が訴えているわ」
リーラの視線の先を見ると、雌鹿の姿をしたシルカが鼻息を荒くしながら何度も首を縦に振っている。
「光の上位精霊がそう言うのなら仕方ない。ならば聖女に預けるのは却下だな」
仕方がないという言葉を吐きつつも、レイザックはどこかほっとしたような顔をしている。
実は彼も、顔を合わせる度に色目を使って来る聖女エリアナが苦手なのだ。以前王城での式典に列席した時も、女嫌いな彼が聖女から熱い視線を送られるたびに盛大に顔をしかめていた事を知るリーラは、笑いそうになるのを必死に堪えていた。




