3話
そして試験当日。
大勢の受験者に混ざり、緊張でガチガチになりながら試験に挑んだアイカだったが、筆記も実技もさほど難しいものではなかったため少し拍子抜けした。
(たまたま今年の試験が簡単だったのかしら?)
――もちろんそんなはずはない。アイカに自覚はないが、世界一難解な言語である精霊言語だけでなく、エーベル王国語や世界共通語まで習得している彼女の知能は相当に高い。また、精霊と心を通わす事ができる彼女は、どんな魔法でも自在に使う事ができる。
そんな彼女にとって、魔導士試験が簡単に思えたのは、至極当然の事だった。
結果として、彼女は意図せずにエーベル王国史上最年少で首席合格という快挙を成し遂げてしまい、人々から一気に脚光を浴びる事になってしまった。
(どうしましょう‥‥‥。目立つような事はなるべく避けたかったのに)
宿屋の主人や顔なじみになった冒険者ギルドの職員が祝福してくれる中、アイカは内心で頭を抱えていた。
図らずも注目を浴びる事になってしまった彼女にとって不運だったのは、これから同僚となるエーベル王国の魔導士たちは、そのほとんどが貴族の子弟で、選民意識や自尊心の塊のような者ばかりだという事だった。
そのため、晴れて魔導学院に入学したアイカは、他国民で平民の彼女が優秀な成績を収めた事を認めたくない彼らから、事あるごとに虐められるようになった。
『あいつらまた、あいかをいじめたー』
『処分していいー?』
「それはだめ。みんな、落ち着いて!」
だが、暴言を吐かれたり物を隠したり壊されたりと、普通の者であれば耐え難いような執拗な嫌がらせをされても、彼女の心が折れる事は無かった。
それと言うのも、彼女が虐められるたびに暴発しそうになる精霊たちを抑える事に必死で、傷ついていても落ち込んでいる余裕がなかったからだ。
色々な意味で気苦労の多い毎日を過ごす事になった彼女だが、それでも母国に帰ろうとは、一度も思わなかった。
(虐められるのは嫌だけれど、誰からも敬遠されて独りぼっちでいるよりは、ずっといいもの)
母国での日々を思えば、彼女にとってエーベル王国での生活は、決して耐えられない程のものではなかったからだ。
こうして、一日たりとも気が休まらない日々を懸命に過ごすうちに、気が付けば彼女がこの国で暮らすようになってから、早半年が経とうとしていた。
「おまたせ致しました。こちらが依頼の成功報酬と、薬草の買い取り金額になります。どうかお納め下さい」
「ありがとうございます」
顔が隠れるくらいにローブをすっぽりと被ったアイカは、笑顔の女性職員・シーラに小さな声で礼を言った。
このやりとりは、早朝の忙しさが一段落した時分、王都の冒険者ギルドのカウンターで見られるようになったいつもの光景だ。
初めのうちは、立場を笠に着て横暴な振る舞いばかりしているせいで、この国では腫物扱いされている魔導士だとわかった途端、肩身が狭い思いをしていたアイカだが、毎日こつこつと地道に依頼をこなすうちに、今時の魔導士にしては珍しく、非常に謙虚で礼儀正しくなおかつ信頼もできると少しずつ認知され、今ではすっかりギルド職員たちとも顔なじみになっている。
「アイカさんの納めて下さる薬草は、いつも品質も状態も申し分ないので、本当に助かっています。他にも何件か難しい薬草採取の依頼が入っているのですが、ご都合はいかがですか?」
「ええと、依頼書を拝見しても?」
アイカは、自分に対して特に好意的なギルド職員のシーラから提示された依頼書に素早く目を通す。いくつか稀少な薬草が混ざっていたが、一緒に書類を覗き込んでいた精霊が自信満々にこれならすぐに取ってこれると太鼓判を押しているので、問題はなさそうだ。
「この内容なら大丈夫そうですので、お受けします。薬草を納品するのは明日の同じ時間で宜しいでしょうか?」
「まあ!そんなに早く?ありがとうございます。依頼人も喜ぶと思います」
「では、また明日伺います」
依頼書を受け取って丁寧にお辞儀した後、アイカは冒険者ギルドを出た。
しばらく歩いていると、腹の虫がくうと鳴いた。受けていた依頼の報酬とは別に、追加で納品した稀少な薬草を高く買い取ってもらえて懐が潤ったので、つい嬉しくて気が緩んだのだろう。
(これなら今月分の下宿代を払ってもまだ余裕があるわ。今日は奮発して市場で何か美味しい果物でも買って食べようかしら)
『それなら僕、カリーンの実がいいなー』
『えー!いまの時期ならプルーネ一択だよー』
どの果物がいいか討論しはじめた精霊たちを見て、アイカは笑いながら王都の朝市へと足を向けた。