23話
そろそろ日が傾こうかという頃。
視察を終えてレイザックと別れたモルドは、自室に戻るなりソファに倒れ込んだ。
「まったく、頭の痛いことじゃ。教会に内緒でここを訪ねてきた、じゃと?なんとハタ迷惑な。聖女という己の立場をもっと理解してほしいものじゃて」
彼が愚痴っているのは、事前の連絡無しに突然学院を訪ねてきた、聖女エリアナの事である。
「だが、それ以上に問題なのは、わしの許可なく彼女を学院に入れた者がおったということじゃな」
エリアナと話した時の事を思い返したモルドは、眉間にしわを寄せて苦々しげな表情を浮かべた。
彼がエリアナの来訪を知ったのは、一人で校内をうろついていた彼女を事務員が見つけて、慌てて知らせてきたからだった。
その時モルドは、まだ学院を案内している最中だったが、レイザックに事情を説明して許しを得ると、彼女が保護された校舎棟へと急行した。
「先程まで学院の魔導士様に案内して頂いていたのですが、うっかりはぐれてしまい困っていたのです」
校舎棟の応接室で対面した聖女エリアナは、申し訳なさそうな顔で彼にそう説明した。
だが、彼女を案内していたという魔導士について尋ねても、ローブを深くかぶっていたので顔は良く見えず、名前も忘れてしまったと言う。
「わたくし、前々から学院を見学してみたかったのですが、万が一の事があってはいけないと、ギュント大司教様からお許しいただけなくて‥‥‥。ですが今日は公爵様がこちらを訪問されると聞いて、こっそり抜け出してきたのです。氷魔法の名手である公爵様とご一緒するなら、きっと大司教様も安心して下さるでしょうから」
「そういう事でしたか」
とろけるような微笑みを浮かべてそう語るエリアナに、さも納得したかのように笑って相槌を打ったモルドだが、内心は疑問で一杯だった。
(いくらお忍びであっても、供や護衛を全員馬車に残したままというのはどうにも不自然じゃ。彼女は一体一人で何をしておったのか)
それに、エリアナが時折こちらの反応を伺うような目で見て来る事も気に入らない。
(ふむ‥‥‥。逆にこちらから水を向けて探りを入れてみるか?)
ちらりと視線を向けると、エリアナはモルドとの話は終わったとばかりに、聖女らしい微笑みを振りまきながら、レイザックにしきりに話しかけていた。彼女がレイザックに好意を寄せているという噂は、どうやら本当の事らしい。
だが、当のレイザック本人は、彼女に何を言われても一切表情を変えずに機械的に短い返事をするのみで、全く会話を続ける気がないようだ。聖女にすら毛ほども靡かない様子を見るに、どうやら彼の女嫌いは筋金入りのようだ。
〈氷の宰相〉の眉間に刻まれたシワが少しずつ深くなっていくのを見て、モルドがそろそろ助け船を出そうと口を開きかけたその時、エリアナの元へ伝令鳥が舞い込んできた。
「おや、大司教様からの伝令鳥ですかな?」
「ええ、そのようですわ。もしかしたら私の姿が見えない事にお気づきになったのかもしれません。少しの間だけ防音魔法を使っても宜しいでしょうか?」
「もちろんですとも」
困ったような顔で伝言内容を確認していたエリアナの口元に、ほんの一瞬だけ笑みが浮かぶ。だが、すぐに何事もなかったかのように表情を戻すと、彼女はモルドに向き直った。
「ごめんなさい。やはり、わたくしが不在である事が露見してしまったようです。残念ですけれど、これでお暇致しますわね」
「そういう事なら、致し方ありませんのう」
エリアナは優雅な身のこなしで立ち上がると、名残惜しそうにレイザックを振り返ったのち、事務員に付き添われて出て行った。
レイザックと共に彼女を見送ったモルドは、その不可解な行動に首を傾げていた。
(教会の者にも知らせず突然押しかけて来た割に、やけに素直に帰っていったのう。てっきり、レイザック殿と一緒に視察したいと、ごねられるかと思うたが)
その時、応接室の窓際に立って、馬車へと向かうエリアナをじっと見つめていたモルドは、なんとなく肩透かしをくらったような気分になっていた。
お読みいただきありがとうございます!
今日のお墓参りでは炎天下の中、ひたすら草刈りマシーンと化しておりました‥‥‥
雑草の生命力ってすごい(>_<)




