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子猫になった気弱魔導士は猫嫌いの氷の宰相に愛される  作者: はんぺん


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200/200

200話

最終話です

「‥‥‥数日前、シェリーから、来月は君の誕生日があると聞いた」

「──はい?」


 いきなり予想外の事を話し出されたアイカは、きょとんとして何度も(まばた)きした。


「料理長のバルデムは、君の好物でテーブルを埋め尽くす、と早くも息まいているそうだ」

「まあ、本当ですか? それはとても楽しみです」


 そこで再びレイザックが黙り込む。今の時点では全く話が見えないアイカだが、辛抱強く次の言葉を待つ。


「‥‥‥それでだな、君は好物の料理以外に、何か欲しいものはないのか?」

「欲しいもの‥‥‥ですか?」

「例えば、綺麗な服とか宝石とか――あ、いや、そういう物はエーベルの貴族令嬢たちが欲しがりそうなものであって、君には当てはまらないな」

「ふふ。そうですね。綺麗なものなら、いつも精霊のみんなから見せてもらっていますから」

「まあ、そうだろうな。‥‥‥その、なんと言うか、俺は今まで妙齢の女性に贈り物をした事が一度もなくてな。だから、正直、こういう事を考えるのは国策を練るよりも難しい。──だが俺は、初めて迎える恋人の誕生日には、君が望むものを贈って、とびきり喜ばせたいと思っている」

「‥‥‥あの、もしかして、レイザックが悩んでいた事って──」


 戸惑いがちに見つめられたレイザックが、慌てたように視線を逸らす。


「──わかっている。こういう事は、本人に直接聞くようなものじゃないという事は、よくわかっているんだが‥‥‥」


 弱々しく呟くレイザックの耳が赤くなっているに気づき、アイカの顔が自然とほころんだ。


(仕事に関する事なら、あの父様が舌を巻くほど有能なのに、こういう事には本当に不器用なのね)




 猫嫌いで女性が苦手な〈氷の宰相〉。




 今では、猫好きで女性が少し苦手な〈皇王の懐刀〉に進化して、仕事場では優秀で冷徹な官吏として有名になり、周囲の者たちからは尊敬されるだけでなく、畏怖の念をも抱かれているらしい。


(でも本当は、彼が誰よりも誠実で優しくて、それでいて不器用な人なのだという事を、私は良く知っている)


 アイカは視線を合わせるために背伸びをすると、うつむいているレイザックの顔を覗き込んだ。


「レイザック、さっきの問いの答えですが、私、欲しいものはもう何もありません。だって、ずっと欲しかったものは、既にあなたから貰っていますから」

「──俺から?」


 顔を上げてぽかんとしているレイザックに微笑みながら、大好きな空色の瞳を見つめ返す。


「私が欲しかったのは、私の事を必要としてくれて、ずっとそばにいて愛してくれる人――そして、その人は今、私の目の前にいます」


 そう告げて、彼の大きな手を取り両手で包み込む。


 つかの間、レイザックは何を言われたのかわからない様子で固まっていたが、すぐにアイカの言葉を理解すると、深く息を吐いた。


「そうか──そうだったのか‥‥‥」


 安堵のこもった声でそう呟くと、彼は泣き出しそうな顔になって、黙りこんだまま夕焼け色の空を見上げた。


 その目尻に光るものには気づかないふりをして、そっと視線を外したアイカが遠くに目を向けると、紫色に染まり始めた空の下に、遠く皇都の街並みが見えた。ぽつりぽつりと建物や家々に明かりが灯っていく光景は、この上なく美しくあたたかで、見ているだけで心を穏やかにしてくれる。



 愛する人と共に過ごすこの瞬間は、今の彼女にとって、決して無くすことのできない大切な宝物だった。



「‥‥‥レイザック、私の心を見つけてくれて、ありがとう」


 その小さな呟きを聞いたレイザックは、ほんの一瞬だけ目を見開くと、ふわりと包み込むような優しい顔になった。


「礼を言うのは俺のほうだ──アイカ、こんな俺を愛してくれて、ありがとう」


 熱をはらんだ声でそう告げられた途端に、息ができない程の幸福感が押し寄せる。


 慈しむような目をしたレイザックが、いつの間にかアイカの瞳に溜まった涙を、無骨な長い指で優しく拭いながら微笑んだ。


「‥‥‥君は本当に泣き虫だな」


 そんな事はない、と抗議しようとした彼女の唇は、穏やかな口づけによって塞がれた。


(あなたと出会うまでは──喜びでこぼれる涙がある事を、私は知らなかった)


 大切な人を奪おうとする者への激しい怒りも、身が引き裂かれるような悲しみも、痛い位に心を締めつける切なさも、全て、彼と出会った事で初めて知った感情だ。


(そしてきっと──これから先も、こんなにも私の心を揺さぶるのはこのひとだけ)


 勘の良い彼の事だから、いつかは彼女がそう思っている事に気づいてしまうだろう。けれど、その瞬間までは、自分と精霊たちだけの秘密だ。




 承知した、という意思を示すかのように、アイカの周りを精霊たちがくるくると回っている。ゆっくりと唇が離れると、彼女はほんの少しだけ肌寒さを覚え、ふるりと体を震わせた。


 まぶたを開けると、いつの間にか夕日はほとんど沈んでいて、藍色に染まりつつある空には星が瞬き始めていた。


「‥‥‥少し冷えて来たな。そろそろ行くか」

「ええ──早く屋敷に帰りましょう」

「今頃は、みんな腹を空かせて、首を長くして俺たちを待っているかもしれないな」

「そろそろお義父様たちが戻って来ているかもしれませんしね」


 アイカとレイザックは、そう語りあって顔を見合わせると、しっかりと手を繋ぎ直して歩き出す。


 お互いの手から伝わる温かさが、彼らの心を幸せで満たしていく。






 丘の上を見上げると、明かりが灯った屋敷の前で、誰かが大きく手を振りながら呼んでいる。


 二人は顔を見合わせて笑いあうと、頭上に広がる星の海の下、家路を急ぐのだった。




これにて完結です。拙作をここまでお読み下さった方々、どうも有難うございました!


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