19話
「‥‥‥まさか、あなたが、聖女エリアナ様?」
「まあ!わたくしの事をご存じなのね」
(どうしてここに聖女様が?学院長や先生方からは何も聞いていないけれど。いえ、それよりも、何故この人は――)
アイカはある事に気づいて戸惑い、黙り込む。そんな彼女を見て、エリアナは左頬に手をあてて困ったような笑みを浮かべた。
「どうやら驚かせてしまったみたいですね。わたくしがこの学院を視察するのは、急に決まった事でしたから、ご存じないのも無理はありません。ところで、あなたのお名前を伺っても宜しいかしら?」
「私は、この学院に在籍する魔導士で、アイカと申します」
「そう、あなたが‥‥‥」
アイカの名を聞いた瞬間、獲物を見つけた獰猛な獣のように、エリアナの目がギラリと光る。だが、別の事に気を取られていたアイカはその事には全く気づかなかった。彼女は先程からずっとエリアナの右手を訝し気に凝視していた。
「私の右手が、なにか?」
その事に気づいたエリアナが微笑みながら問いかけると、アイカは彼女が右手に持つ白い杖を指差した。
「その杖‥‥‥。どうして聖女であるあなたが、そんな危険な物を持っているのですか?」
「え?」
目の前のエリアナが驚く様子を見て、アイカは困惑する。
(この人は、自分の周りにいる精霊の様子がおかしい事に気が付いていないのかしら?さっきから、まるで精霊が見えていないみたい。ビンデルさんの話では、聖女は精霊眼の持ち主だと聞いていたのに)
エリアナと出会った瞬間から、アイカの目には彼女の周囲を漂う精霊が酩酊したようにふらついたり、不規則に飛び回って他の精霊とぶつかったりしているのがはっきりと見えており、同時にその原因が杖のせいである事も看破していた。
エリアナが持つ白い杖は、フシュメルリという木で作られていた。
この木は、中央大陸の一部にしか生えない大変稀少な木で、精霊を酩酊させる効果を持っているため、精霊に悪影響を及ぼすものとして、使用や売買、輸出入が固く禁じられている。
アイカの母国でも、この木に関しては厳しく管理されており、もし所持している事が見つかった時は、問答無用で国外追放を言い渡される。
しかも、そんな禁制品で作られたエリアナの杖の先には大きな魔石がはめ込まれており、柄には精霊を催眠状態にする呪言が刻まれていた。
『あの杖は、だめー』
『近寄りたくないよー』
『ぼくらの意識が奪われるー』
アイカのそばにいる精霊たちの態度からしても、この杖が精霊の意思を奪って魔法を使う為に作られた事は明らかであった。
(でもわからないわ。ビンデルさん達は、今代の聖女は精霊と意思疎通ができて、精霊からとても愛されていると話していた。精霊と対話できるのなら問題なく魔法が使えるはず。それなのに、この人はどうしてこんな杖を持っているの?)
それとも杖の持つ危険な効果を知らないまま、聖女らしく見える要素の一つとして所持しているだけなのだろうか。
アイカが暫く考え込んでいると、不意に目の前の人物が身じろぐ気配がした。顔を上げると、先程までとは打って変わって、ストンと表情を無くしたエリアナが、ぞっとするほど冷酷な目でアイカをひたと見据えていた。
「ねえ、あなた。何故この杖が危険だって知っているの?私は誰にも教えていないのだけれど、一体誰から聞いたのかしら?」
「えっ?」
目の前にいる聖女が、警戒心をむき出しにして発した言葉を聞いたアイカは、思わずひゅっと息を飲む。
(この人、効果を知った上で、この杖を使っているのだわ‥‥‥!)
そう気が付いた途端、恐怖で全身の血が凍りつく。先程はあんなにも美しく思えたエリアナが、今は得体のしれない怪物のように見えた。
お読みいただきありがとうございました!
これからお墓参りに行ってきます。今日も猛暑のようなので、皆さまもどうかお気を付けて。
出先からでも投稿できるかな‥‥‥




