表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/200

14話

少しだけ長めです。

 侯爵令嬢エリアナ・バーズデール。それが、かつての彼女の名だった。


 エーベル王国南部の名家・バーズデール侯爵家は、豊かな土地に恵まれて裕福な事で有名な家だった。なかなか子宝に恵まれなかった侯爵夫妻は、一人娘のエリアナが誕生すると目に入れても痛くないほどに可愛がった。


 幼い頃から美しく聡明だった彼女は、夫妻のみならず領民からも愛されていたが、彼らからの惜しみない愛情は、皮肉にもいつしか彼女の中に芽生えていた(おご)りや欲望、傲慢さを助長する呼び水となった。


 やがて思春期を迎えた彼女は、同年代の他領の令嬢たちと共に、見目良い令息の噂話に花を咲かせながら、彼女らと競うように宝石やドレスで華やかに着飾る事に血道をあげるようになっていった。


 新しいドレスやアクセサリーが欲しくなると、彼女は決まって、


「私が流行遅れのみすぼらしい恰好をしていたら、お父様やお母様に恥をかかせてしまうもの。それに、所詮は南部の田舎貴族だと扱き下ろされて、愛する領地を(おとし)められたくないの」


 そう言い訳をして、この贅沢は自分のためではなく、あくまで愛する家族や領民のためなのだと、美しい顔に涙を浮かべて掻き口説いた。


 そして彼女のもくろみ通り、侯爵夫妻は愛する娘の巧妙な嘘を疑いもせず、彼女が望むものを望むだけ与え続けた。そのため、あんなにも裕福だった侯爵家の資産は、恐ろしい勢いで目減りしていった。


 成長した彼女が十六歳で社交界入りを果たすと、多くの貴族男性がそのまばゆいばかりの美しさの(とりこ)となった。遂には王太子の婚約者候補の一人に指名され、彼女は有頂天になっていた。


「やはりわたくしは、生まれながらにして、全ての人からかしずかれる運命のもとに生まれたのだわ!」


 だが、彼女のその喜びが続いたのはわずか一年の間だけであった。王国南部を襲った記録的な干ばつにより、バーズデール侯爵領の作物も壊滅的な打撃を受けてしまったのだ。


 ところが、飢えに苦しむ領民を救えるはずだった蓄えは、エリアナ一人の贅沢を満たすために、とうの昔に使い果たされてしまっていた。


 そこで侯爵夫妻は飢えた領民を救うべく、エリアナ一人を屋敷に残し、金策のために親戚のいる他領へと向かったのだが、その途中で運悪く脱輪した馬車もろとも崖下に転落してあっけなく亡くなってしまった。


「ああ、なんてことなの‥‥‥。わたくしがお二人の贅沢を止めていたら、こんな事にはならなかったのに‥‥‥!」


 たった一人残されたエリアナは、両親が資産を食いつぶすのを止められなかった、と嘆きながら己を責めた。姑息にも、そうする事で領地が破綻した原因は両親が奢侈(しゃし)の限りを尽くしたせいだと周囲に信じ込ませ、自分に非難が向けられないように立ち回ったのだ。


(悲劇の令嬢として同情を集めれば、誰かがバーズデール侯爵家に手を差し伸べてくれるかもしれないわ)


 彼女はそんな虫のいい事を考えていたが、思惑通りにはいかず、結局バーズデール領は親戚筋が接収して治める事になり、バーズデール侯爵家は多くの領民を餓死させる事態を引き起こした罪を問われて取り潰される事になった。


 それに伴い、エリアナは身分を剥奪されて平民に落とされる事となったが、彼女に同情した一部の貴族たちの間で、他家の養女にする事で貴族籍に留まらせてはどうか、という意見が飛び交うようになった。


 すると、捕らえられていた貴族牢で、世話人からこの噂を耳にした彼女は、またしても自分に都合の良い願望を抱くようになった。


(ふふ。きっとわたくしほど王太子妃にふさわしい者が他にいないから、そんな話が出ているのね。もし貴族のままでいられるのなら、今度こそ王太子妃の座を射止めて見せるわ!)


 しおらしい顔の裏で、そうほくそ笑んでいたエリアナだったが、しばらくして彼女の元にもたらされたのは、養子縁組が決定したという知らせではなく、予定通り彼女を平民に落とすという通達だった。


「どうして?何故こんなことになったの?わたくしほど王太子妃にふさわしい者はいないのに‥‥‥!」


 彼女が怒りで震えながら読み進めた通達の二枚目には、最近になって精霊眼に目覚めて精霊と契約を結ぶことに成功した侯爵家の令嬢が王太子妃に内定した事が書き添えてあった。


 精霊信仰が厚いこの国では、昔から精霊と深い関りを持つ者が尊ばれてきた。そのため王族や貴族たちは、いつしか精霊を見たり感じたりできる事を重んじる様になり、それらの能力を絶やさぬ事を何よりも重要視するようになっていた。


 生まれた時から望む物全てを手に入れてきたエリアナが唯一手にいれられなかったのが、これらの能力だった。


 たとえ一時的であったとはいえ、精霊を全く感知できない彼女が王太子妃候補に選ばれたのは、たまたま王太子妃に釣り合う身分で、精霊眼を持つ妙齢の令嬢が一人もいなかったからにすぎない。


(こんなの嘘よ!間違っているわ!)


 粗末な服に着替えさせられて王宮から放りだされたエリアナは、希望も自尊心も全て打ち砕かれ、ひたすら恨み言を呟きながら街中をさまよった。


 いつの間にか、ふらふらと治安の悪い地域に入り込んでいた彼女が、危険な目に遭う前に実の叔父であるギュントに保護されたのは、彼女にとって極めて幸運だったと言えるだろう。


 この時、差し伸べられた彼の手を取ったおかげで、エリアナが悲惨な運命を回避できたのは間違いない。

ご覧いただきありがとうございます。

もし面白かったと思っていただけましたらブクマや評価で応援していただけるとありがたいです!

(ブクマや評価をしていただいた方々、どうもありがとうございます!!)


期日前投票に行った帰りに図書館に寄ったら、書架が怖い本特集になってました。

夏ですねえ……( *´艸`)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ