11話
「来てくれ。嬢ちゃんに診てもらいたいのは、こいつなんだ」
屈みこんだビンデルの前に寝かされていたのは、真っ白な顔で浅い呼吸を繰り返す、青みがかった銀色の髪の美しい青年だった。質の良い装備を身に着けている所をみるとランクの高い冒険者なのかもしれない。
手当てしやすいように上半身だけ衣服が破かれており、肩から胸にかけてざっくりと切り裂かれた傷があらわになっている。かろうじて心臓は逸れており、即死は免れたようだが、今も傷口からじくじくと出血し続けている。この状態のままだと、きっと彼が息絶えるのは時間の問題だろう。
「どういう訳だか治癒魔法や回復薬があまり効かなくてな。それでも何とかここまで治療できたんだが、見ての通り傷口が完全に塞がらずに出血が止まらねえんだよ。嬢ちゃんの持ってきた薬でどうにかする事はできねえか?」
「どうでしょうか。私が持ってきたのも、ただの回復薬なので‥‥‥」
アイカが戸惑っていると、天幕の中にいた騎士たちが悲痛な顔で懇願してきた。
「頼む、どうかこのお方を助けてくれ!」
「この方は、不用意に魔物の前に飛び出した俺を庇ったせいで傷を負ったんだ!お願いだから助けてくれ!」
「わ、わかりました。でも、まずは薬を使う前に、傷口を見せて下さい」
そんな彼らを突き放す事はできず、戸惑いながらもアイカはそう言うと、真っ白な顔で横たわる青年の傷を注意深く観察する。すると、即座にある事に気が付いた。
(この傷、もしかして――)
『うん、そうだよー。あいかの見立てであってるー』
精霊たちとの会話で自分の所見が正しい事を確認したアイカは、瀕死の青年を救うべく、鞄の中から上級回復薬の瓶を選び出して並べ始めた。
「嬢ちゃん、傷を見て何かわかったのか?!」
「傷口から入った瘴気で体内が汚染されているみたいです。きっと、そのせいで治癒魔法や回復薬の効果が阻害されていたのだと思います」
「瘴気だと?!」
驚いているビンデルをよそに、アイカは慎重に瓶の中身を確かめる。
(薬液の品質は問題ないわ。あとは光の精霊に瘴気の浄化を手伝ってもらわないと)
彼女の背後では、青年に付き添ってきた騎士たちにビンデルが詰め寄っていた。
「おい、いま嬢ちゃんの言った事は本当か?瘴気の事なんて聞いてねえぞ!」
顔色を変えたビンデルから怒鳴られ、首をすくめた騎士たちが必死になって弁明する。
「た、確かに我々が討伐した魔物は瘴気をまとっていたが、負傷者や体調を崩した者は全員、討伐後に魔導士たちの浄化魔法で瘴気を取り払ってもらっている。だからあえて説明する必要はないと思ったんだ」
「馬鹿野郎!有事の際は、どんな些細な事でも報告して関係者全員に情報共有するってのは、常識だろうが!」
彼らが言い争うのも気にせずに、アイカは意識を集中して光の精霊たちに向けて精霊言語で語りかける。
『光の精霊たち、この薬に治癒効果と浄化効果――それと、血液が増えるよう体内の活性効果を上乗せしてもらいたいの。お願いできるかしら?』
『はーい!まかせてー』
まるで待ちかねていたかのように、周囲から光の精霊たちが一斉に集まってきて、彼女が依頼した通りに魔法をかけていく。希望通りの効果が薬に付与された事を確認すると、アイカは薬瓶に入っている上級回復薬を、横たわる青年の体に惜しげもなく振りかけた。
「嬢ちゃん、何してるんだ!」
「なぜ薬を無駄にする?回復薬には瘴気を浄化する効果はないんだぞ!?」
驚いたビンデルや騎士が止めようとしたが、アイカは彼らには構わずに瓶が空になるまで薬液をかけ続ける。
彼らが叫ぶ声を聞きつけて、天幕を覗き込んだ輩が騒ぎ始める。
「見ろよ!〈雑草〉の奴、とうとうトチ狂ったみたいだぜ」
「あの女、いったい何がしたいのよ?」
「チッ!ただでさえ回復薬が足りないってのに!おい、誰か早くギルド職員を呼んで来いよ!」
アイカを罵倒する声が飛び交い周囲が騒然とする中、いち早く異変に気付いたのはビンデルだった。




