1話
初投稿です。
全てが手探りでガクブルしておりますが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです‥‥‥
「アイカ、こちらへおいで。とびきり甘いフェダの実をもらってきたんだ。ほら、口を開けてごらん」
〈氷の宰相〉の異名を持つ美貌の青年が、満面の笑みを浮かべながら、みずみずしい果物を差し出して来る。
青年の甘やかしにいまだに慣れる事ができないアイカは、艶やかで柔らかな黒い毛を逆立てながらじりじりと後ずさる。その様子を見た青年は、困ったような笑みを浮かべた。
「ついさっきまで、寝ぼけて俺の腕をふみふみしてくれていたのに、そんなに警戒しなくてもいいんじゃないか?」
『!』
知りたくなかった事実を聞かされ、彼女は恥ずかしさのあまり、ソファの下に潜り込んで両前足で顔を覆う。
「済まない、俺が言ったことが何か気に障ったのか?それならば謝る。だからどうかその可愛い顔を見せてくれ」
わざわざ床に手をつきソファの下を覗き込みながら懇願する青年に、黒い子猫姿のアイカは困惑して耳を伏せる。
(〈氷の宰相〉の氷の部分は、一体どこにいったの?これまでの態度とあまりにも違いすぎて、どうしたらいいのかわからなくなるわ)
仕事中の彼からは想像もできないような柔らかな微笑みを浮かべ、甘い声で自分の名を呼ぶ美貌の青年宰相を前にして、アイカは深いため息をつくのだった。
この世界は精霊で満ちており、ヒトを含め、あらゆる生き物の暮らしには、精霊の存在が大きく関わっている。
アイカは、そんな精霊に対して、心の中で語りかけるだけで会話する事ができ、そこに居るだけで彼らを癒す事ができる稀有な存在だった。
彼女が、自分が他の者と違っていると知ったのは、ようやく物心がついた頃。
精霊と対話するためには精霊言語で話す。それがこの世界の常識で、心に念じただけで会話ができるというのは普通ではないのだと、愛する家族から教えられた時だった。
そもそも、精霊言語を理解して習得する事自体が、非常に難しいため、精霊言語を流暢に操り、精霊と淀みなく会話できる者は少ないのだという。
その説明を聞いた時、まだ幼かったアイカは説明を聞いてもぴんと来ず、ただ首を傾げるばかりだった。彼女が暮らす国では、精霊言語はとても身近なものであり、話せる者はそこかしこにいたからだ。
だが彼女が十七歳になった時、家族や周囲の者が止めようとするのを強引に振り切って国を出て海を渡り、ここエーベル王国で暮らすようになった今ならば、よく理解できる。
驚いたことに、この国を含め、他国には精霊言語を話せる者があまりいないのだ。話せたとしても片言がせいぜいで、お世辞にも流暢とは言い難い。
母国では普段から気軽に精霊と雑談を交わしていたが、もしこの国でも同じようにすれば悪目立ちするのは確実だろう。それは世間知らずなアイカにも容易に想像できた。
だから彼女は、いつも人前では目立つことを避けるため、精霊と極力会話しないように心掛けている。
長い船旅を経てエーベル王国に到着した時、まずアイカが行ったのは職探しだった。毎日宿暮らしでは、ひと月もすれば手持ちの路銀が尽きてしまうからだ。だが、他国人で経歴不明、しかも明らかに人慣れしていない彼女を雇ってくれるような酔狂な店はなかなか見つからず、職探しはすぐに暗礁に乗り上げた。
(愛想が良くないから接客は不向き、このひ弱な体では重労働は論外。薬や魔道具作りにはそれなりに自信があるけれど、薬師や魔道具師として雇ってもらうには紹介状がないと無理。どうしましょう、完全に行き詰まってしまったわ‥‥‥)
その日も仕事が見つからずに暗い顔で宿に帰ると、そんな彼女を気の毒に思ったのか、宿の亭主が一枚の申し込み用紙をくれた。
「あの、これは?」
「そいつは魔導士試験の出願書類だよ。嬢ちゃん、このあいだウチのかまどの調子が悪かった時、何かに話しかけて魔法で火をつけてくれただろう?もし精霊言語が話せるんだったら、試しに試験を受けてみたらどうだい?」
「魔導士試験、ですか?」
アイカは戸惑いがちに亭主の顔を見た。
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