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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アンラッキー・コヨーテ

作者: せつ

 地球、某所。

 この数百年ですっかり世界の中心となったあの塔から少し外れた、スラムの片隅。

 空を駆けるカラスはうっかりむき出しの電線で感電し、地を歩くおっさんは降ってきたクチバシで腕を切る。

 そんな不幸が渦巻く場所で蹲っていた俺に、突然現れた女は意地悪に口角を吊り上げて宣言した。

「見つけたわよ、負け犬アンラッキー・コヨーテ。さあ私と勝負しなさい!」

「は?」

 場に不似合いな、真っ白なウサギ耳を揺らした女。ほこりっぽい地面は彼女のハイヒールを絡め取っていた。

「ルールはロシアンルーレット。生き残った方が、勝ちよ」

 意気揚々と続ける女に、俺は眉をひそめる。だってこの世界に獣人なんて種族は存在しない。

 だから目の前のまさしくバニーガールという恰好をした女は、自分の意思であのウサギ耳と衣装を身につけているということで。

「パスだ。俺にメリットがない」

 この世界、頭がおかしくなった人間はいくらでも存在する。

 けれどそんな奴に関わっていては、どれだけ命があっても足りないだろう。

 君子、危うきに近寄らず。太古の昔からそんな言葉があるぐらいだ。

 俺は慣れた街の片隅を捨て、別のスラムに移動を決める。どうせ、親しみはあっても家はない。

「ダメダメ、君に拒否権はないんだから。だって君も、気になるでしょう? 勝ち運ヴィック・フォーチュナーの行方が」

「!」

 勝ち運。その言葉に、俺は思わず動きを止めた。

 この女は、あの男の所在を知っているのだろうか。

「知っているのか?」

「どうかしらね? ただ、私は彼と貴方に関係があることを知っている。これだけで、貴方が私と勝負する意味があると思わない?」

「……そうかもな」

 女は先程までの笑みを引っ込め、鋭い視線をこちらに向ける。なるほど、彼女も立派な勝負師というわけだ。

「だが悪いな、やはり答えは同じだ。俺は勝ち目のないギャンブルに挑むつもりはない。何せ負け犬だからな」

「違うわ。言ったでしょう、生き残った方が勝ちなの」

「というと?」

 訊ねれば、女は全てを分かっているという顔で笑った。

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 その言葉をゆっくりと嚥下し、俺は内心ため息をつく。なるほど、その条件ならあるいは。

 正直はめられているとしか思えなかった。けれどその提案に俺は大きくため息をついて頷く。

「分かった。その挑戦、受けよう」

 何せ俺は、誰にも負けないアンラッキー。多少のリスクぐらいならば飲み込んでやる。

「成立ね。私はリリィ。どうぞお見知りおきを、アンラッキー」

 俺の答えがお気に召したらしく、女もといリリィは上機嫌で準備を始めた。

 見せびらかす様にして銃を整備をするのはイカサマ無しを証明するためだ。だが確かに公式のルールはそうとは言え、こんなスラムで守るやつはいない。

 リリィという女はかなり律儀なようだった。そして手入れの手つきを見る限り、彼女はかなり獲物に慣れている様子。

 まあそうでなくてはこんなイカれた格好をした女が一人でスラムに来るなど、命知らずを通り越してただの自殺としか言えないが。

「アンタ本当に俺を殺しに来たんじゃなかったんだな」

「言った通りよ。私は貴方と勝負をしにきたの。そして、私はリリィ。アンタじゃないわ」

 美しい手際で銃の整備を終えたリリィは、仕上げにジャッとシリンダーを一回転させる。そして彼女は銃口を持って俺に銃を渡した。

「さあどうぞ、アンラッキー。一発弾を込めて?」

「あぁ……」

 リリィに促されるがまま、俺は適当な位置に銃弾を込める。昔、塔の最終攻略メンバーに入っていたのだという両親の影響で俺もリリィほどではないが武器の扱いには慣れていた。

 特段迷うこともなく銃弾を込めた俺に、リリィは一つ頷いてそれを受け取る。

「オーケー。貴方はヴィックみたいに弾を込めた途端に銃が暴発し、幸運にも自分に殺意を向けていた相手の右目を貫いたりしないのね」

「アンターーいやリリィ。そこまでアイツに詳しいのか」

「あら。ふふ。口が滑っちゃったわ」

 わざとらしく口を押さえるリリィ。どう考えても俺がそんな幸運には恵まれず、不運にもシリンダーの隙間に手の皮を持っていかれたところを見ていたというのに白々しい。

「貴方達、本当に面白いわよね」

「俺もアイツも好きでこんな体質な訳じゃないけどな」

「誰だってそうよ。もちろん私も」

 一回転、二回転、三回転。

 鼻歌を歌いそうなほど上機嫌に、リリィは弾丸を混ぜる。そして谷間からコインを取り出した。

「……実在するんだな。そこからものを取り出すやつ」

「仕方ないじゃない。身体にじゃらじゃら銃だのカバンだのつけていたら動き辛いし。ここしか入れるところがないの!」

 大げさなリアクションを取りながらも、リリィは正確にコインを弾き俺に問う。

「Heads or tails?(表か裏か?)」

「Tails」

「良いわね。私もそう思うわ!」

 言いながら開けたコインは裏。俺の先攻だ。

「面白いわね。勝ち運も負け犬もどちらもロシアンルーレットは先攻になるなんて」

「そりゃまあ――」

 言いながら、俺は銃を受け取りこめかみに当てる。

「負け犬は百発百中で当たるし、勝ち運は百発百中で外れるからな」

 そうして引き金を引いた。視界が、揺れた。


「さあどうぞ、アンラッキー。一発弾を込めて?」

「え?」

 一瞬、俺は意識を飛ばしていたらしい。リリィの整備の腕に見惚れていたのだろうか。

 妙に既視感のある展開に、俺は少しだけ考えてから返事をした。

「ああ」

 俺はリリィに促されるがまま、適当な位置に銃弾を込める。別に俺自身、銃の扱いは苦手ではないのにおかしな話だ。

 特段迷うこともなく銃弾を込めた俺に、リリィは一つ頷いてそれを受け取る。

「オーケー。貴方はヴィックみたいに弾を込めた途端に銃が暴発し、幸運にも自分に殺意を向けていた相手の右目を貫いたりしないのね」

「アンタ、そこまでアイツに詳しいのか」

「あら。ふふ。口が滑っちゃったわ。それから、私はリリィ。つい数秒前に言ったばかりよ?」

 唇を尖らせ、すねたような表情を作るリリィ。この会話にも妙なデジャブを感じて、俺は一瞬手を止める。

 そのせいで俺は上空から降り注ぐネズミの死骸を避けられず、直撃を受けた。ついでに上空で別の鳥と衝突し、餌を落としてしまったらしいカラスが近くの孤児に襲撃をかけている。どうやら同じゴミ箱に目をつけてしまったようだ。

「悪かった、リリィ」

 違和感を噛みつぶして、俺はリリィに銃を返した。

「分かればいいのよ」

 一回転、二回転、三回転。

 鼻歌を歌いそうなほど上機嫌に、リリィは弾丸を混ぜる。そして谷間からコインを取り出した。

「……そこから取り出すんだな」

「仕方ないじゃない。ここしか入れるところがないのよ……なんなら貴方もこの服着てみる?」

「遠慮しておく」

 男のそんな恰好を誰が喜ぶというんだ。しかも俺は、スラムの隅にいるような小汚い負け犬だ。ただでさえゼロの価値がマイナスに振り切っている。

 俺の反応にも楽しそうに笑ったリリィは、大げさなリアクションを取りながらも正確にコインを弾き俺に問う。

「Heads or tails?(表か裏か?)」

「Heads」

「あら? ……いえ、違うわね。確かに私もそう思うわ!」

 言いながら開けたコインは表。俺の先攻だ。

「本当に面白いわね。勝ち運と負け犬。真逆に見えて、全く同じ結果になることもあるなんて」

「そりゃまあ――」

 言いながら、俺は銃を受け取りこめかみに当てる。

「負け犬は百発百中で当たるし、勝ち運は百発百中で外れるからな」

 そうして引き金を引いた。視界が、揺れた。


「Heads or tails?(表か裏か?)」

「……Heads」

「ええそうね。確かに私もそう思うわ!」

 言いながら開けたコインは表。俺の先攻。

「さあどうぞ、貴方の結果を見せて!」

 俺は銃を受け取り、こめかみに当てて――引き金を引いた。視界が、揺れた。


 引き金を引いた。視界が、揺れた。

 引き金を引いた。視界が、揺れた。

 引き金を引いた。視界が、揺れなかった。


 不運なことに、引き金を引いた途端、銃口がずれてしまった。そして俺が暴発させた弾丸は、不運なことにたまたま垂れ下がっていたパイプに跳弾し、そして。

 不運なことにリリィの頬をかすめていく。

「本当に、素晴らしいわね貴方!」

 その言葉にリリィの方へ目を向ければ、なぜか彼女には無数の擦過傷ができていた。そのいずれもが鮮血を滴らせていた。数は丁度、俺の視界が揺れたのと同じだ。

「なあ、これ何回目だ?」

「あら、そこまで気が付いたの? これはもう、期待以上ね!」

 リリィは目を輝かせて俺の手を取る。

「貴方がいれば、きっとあの塔ーーラストリゾートを踏破出来るわ!」

 ラストリゾート。それは数百年前にこの世界に現われ、二十年前に踏破されたあの塔の今の名前だ。一度攻略されたあの塔は今、富裕層の経営する賭け事の舞台になっている。

「私はね、三年前にヴィックーー貴方の兄であるリツと共にラストリゾートに挑んだ」

「俺とアイツの関係、知ってたのか」

「そりゃね。何せ私は彼に貴方を託されたんだから」

 乾いた風が、ふわりとリリィのウサギ耳を靡かせる。にっこりと読めない笑顔を浮かべるリリィはどうやらご機嫌な様子だ。

 どうやら完全に俺はまんまとはめられて、リリィに値踏みをされていたらしい。行方不明になった、兄貴の入れ知恵によって。

「私達は、残念ながらそして第七階層で負けてしまったのだけれど」

「そんなことだろうと思った。連絡もしないで……あのバカが」

「怒らないであげて。彼にも彼なりの目的があったのよ」

 バカ兄貴の目的。そんなもの、どうせ人助けに決まっている。

 お人よしの幸運。他者に許容量以上の幸せをばらまき、必要のない不運を請け負う男。

 それが俺の兄であるリツだ。十五年以上も兄弟をしていれば、それぐらい効かなくとも分かる。

「他人のために自分が割食ってどうすんだよ」

「それは私も同意だけれど」

「で? なんで負けたはずのアンタはこうして塔の外に出てるんだ?」

 享楽と堕落の園、ラストリゾート。あの塔に足を踏み入れたら最後、塔はするまで生きて出ることは叶わない。それがあそこの賭け事のルールだ。

 そのルールに則って、兄貴は今も帰ってきていない。ならば、共に入ったのだというリリィはなぜ外に出られたのだろう。

 そこで初めて、リリィは少しだけ顔を歪めた。どこか作りモノの様だった彼女が、初めての人間らしさを出す。

「私はリツに逃がされたのよ。私の能力はね、混ぜ物記憶(メモリー・シャッフル)。対象者の指定したわずかな期間の私に関する記憶を混濁させることができる。この力で逃げるろって、殆ど追い出すみたいに」

「混ぜ物記憶……そうか、それでさっきのロシアンルーレットも」

「そうよ。さっきの勝負は六回目。ちなみに貴方はその全てで先攻を引き、一発目に銃弾を引き当てていたわ」

 ふと、リリィの額にうっすらと汗が浮かんでいるのが見えた。確認すれば痛みを堪えるように彼女は唇をかみしめている。

 気が付けば、あたりの砂嵐が強くなっていた。きっと、六発の銃弾による傷口が彼女の体を蝕んでいる。

「そしてその六発全部がアンタを掠めていったってわけか」

「ふふ。そうね。貴方にかけられた祝福もかなりのものだわ」

「まあそりゃそうだ。そうじゃなきゃ、俺は俺の不運で死んじまうからな」

 俺は自身の外套をリリィに被せる。上等でも、清潔でもないが傷口が砂で抉られ続けるよりはましだろう。

 俺の行動にリリィは目を丸くした。

「あら。貴方思ったよりも気が利くのね」

「アンタみたいにとんでもない格好をしている女よりは常識人のつもりだからな」

「それは!」

 心外とばかりに飛びあがったリリィの胸がふるりと揺れた。思わず視線を持っていかれそうになってどうにか堪える。

「この衣装はリツの祝福媒体なの! 別に好きで着ている訳じゃないわ。まあ……嫌々着ているわけでもないけど」

「祝福媒体、ね」

 外套を脱いだことで露わになったペンダントをそっとなぞった。中にはあのバカ兄貴が俺に唯一残した、家族写真が入っている。

「それが貴方の媒体でしょ。リツの力があるから貴方は自身の不運に殺されない。あれだけ自己犠牲の激しいリツが、唯一命だけは投げ出さない。貴方の命がその理由だと聞いたわ」

「ぺらぺら喋りすぎだろ、バカ兄貴」

 よくもまあ、あけすけに何でもかんでも話すものだ。女に漏らすのは、口説き文句だけにして貰いたい。

 だがおそらく兄貴は、自身が塔の攻略に失敗したとき、こうして彼女を俺の元に向かわせる気だったのだろう。

 他者に優しい兄貴は、何より俺を理解していて……きっと俺が無謀だとしても塔に挑もうとすることが分かっていたのだろうから。彼女はその助っ人というわけだ。

「そこがリツの良いところよ。さてーー改めて問うわ、アンラッキー」

 どこまでもアイツには叶わない。そう思いながら、俺はリリィに向き直る。

 俺の中で、既に答えは一つだった。

「ここで負け犬として死ぬのを待つか、私と来てラストリゾートの踏破者となるか。選びなさい」

 ラストリゾート、生きて帰ってきた者はいないとされる悪魔の塔。

 そこで消息を絶った兄を探すべく、塔に挑む弟。

 全く、どこのフィクションなのだろう。冷静な頭がそうぼやく。

「俺はアンラッキーじゃない」

 けれど、これは作りものじゃない。俺は自分の未来を掴むために、兄貴を探す必要があるんだ。

「俺はカイだ。リリィ」

 言葉を返しながら、俺は差し出されたリリィの手を握り返した。

「分かったわカイ。これで私達は仲間よ」

 これはリアルの、負け犬がラストリゾートの頂点に君臨するまでの物語。


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