後ろの正面
「なにか、お悩みデスね?」
勝手に住み着いている同居人?が、俺の顔を覗き込むように見つめながらつぶやいた。
いつもながら、なにがそんなに楽しいのか分からないけれど、俺の顔を見ているときだけは楽しそうにしている黒髪ロングヘアの妖怪というには美しすぎる顔を見つめ返すこともなく俺は朝食をとっていた。
彼は、俺が春からの大学生活のために引っ越しをしたアパートに初めから住んでいた住人だった。
こう言ってしまうと可笑しな話である。
きちんと契約をして部屋を借りたはずのアパートに、段ボールを入れ込むときには、彼は先住人かのようにしれっと俺のアパートで共同生活を初めてしまっていた。いや、彼が先住人だとするなら、後からやってきたのは俺なのだから、俺が彼のアパートに住み着いているとでも思われているのだろうか?
「……べつに」
会話をするつもりもないのに、相手への返答をしてしまった。
『ネコを飼いたいんデスね?』
悩み事を口にしていないのに、彼は俺の心を読んでいるのか、彼の前では嘘を付くという事はできないみたいだ。
「知ってるなら聞くな」
『本人の意思を聞きたかっただけデスよ』
初めての一人暮らしで、ホームシックになってしまうのではないかと、家族は心配していたのだが、この妖怪付き物件に引っ越したことで、いまだにホームシックになったことはなかった。
「彼女が…自分の家では飼えないから、俺に飼ってほしいって…」
小さな声でボソボソと喋ったはずなのに、地獄から来た彼の耳は人間よりも良いみたいで返答が返ってきた。
『゛元゛デス、よね?』
「(え、なんで怒る?」
顔に青筋を立てながら聞き返された「彼女」とは、俺の元カノの事だ。ただ、別れてからも友達として一緒にいすぎているせいか、まるで自分の中には、まだ付き合っているのではないか?という錯覚さえ脳に与えていた。
『それって、猫を飼いたいんじゃなくて、彼女に良い顔したいダケでしょ?』
「っ……そうだけど?なんか悪い?」
図星をつかれて、バツの悪い態度をとった。
『……べつに』
俺の冷たい態度に相手は拗ねたような顔をすると、今日は姿が見えなくなってしまった。
「(俺って……実は、霊感あるのかな」
けれど、せっかくの彼女との接点を無駄にしたくないし、もしかしたら俺の家に彼女が遊びに来てくれたりなんかもするかもしれない。
猫の写真を送ったりできれば、いつもよりもメールが出来るかもしれない。
そんな、出来心で動物を飼うのは、やっぱり猫に失礼なのだろうか?猫が嫌いな訳では無い。どちらかというと犬のほうが好きってだけなのだが。…いろいろあって、その、いまは犬を飼うような気分ではないんだ。
でも、一人暮らしをする時にペット可のアパートを選んだのは俺だから、未来の俺からしたら少なからずそのうち動物を飼う予定だったのかもしれない。
そこへ、たまたま元カノが公園でよく見かける猫を飼いたいんだけど…という話をきいてしまったんだ。こんなの引き受ける以外に選択肢があるか?と、聞かれたら俺にはないような気がしてならなかった。