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第3話 妃教育かかってこいですわ

 アミリアの妃教育が始まっておよそ一か月がたった。ただの妃教育ではない人外の国シルベルスとの政略結婚ということもあり、彼女の教育係には大勢の学者や講師などが付いた。


父親の子爵は朝から晩まで王宮で勉強してくる娘を心配していた。家に帰ってくるのは週に二日ほどで親の前では気丈に振る舞っていたが顔には疲れが見え始めていた。


「アミリアよ、疲れてはいないか?ここ最近いやずっと根詰めすぎだろうだから家にいる間だけでも何も考えず休んでいなさい。」


「お父様。お気遣いありがとうございます。でもこれしきの事で音を上げるようでしたら魔王様の隣には立てませんわ。あっ勿論休む時は休みますわ。」


 彼女は家に帰ってからも本を読んで勉強したり、師匠に剣の稽古もしているのだ。娘のことだ王宮内で陰口に対して喧嘩を吹っ掛けたり王国騎士に対して手合わせをしているのではないかと親である子爵と夫人は胃を痛めながら心配していた。ついに二人はある決断を下すこととなった。


妃教育から二か月を迎えようとしたころ、いつものように王宮行きの馬車に乗り込もうとしたアミリアに声がかかる。


「アミリア、私も王宮に行きます。先方からの許可はいただいております。」


「お…お母様?」


「何ですか?私がいて何か不都合でも?」


「い…いやあ、そういうわけではないのですが」


ならいいでしょと言わんばかりに母親は馬車に乗り込んだ。揺れる馬車の中で母と娘が静かに座っていた。


「なんで来るの…?私一人でもいいのに」


「心配だからに決まってんでしょう。」


母親はきっぱりというと娘のアミリアは何も言えずに本を取り出し勉強を始めてしまったのだ。


王宮につくと二人は中のサロンに通される。そこには数人の学者と侍女が部屋で待機していた。アミリアは用意された椅子に座る。母親は部屋の隅の椅子に座った。


講義の内容は農業に関するものだった。内容は王立の学院で学ぶ内容よりもさらに難しいものだったが彼女は臆することなく学者からの質問にてきぱきと答えた。


次は生物学人と人外の体の構造についての講義が始まった。シルベルスには多種多様な人外がおりすべての種類と特性を把握するのは困難とされていたがそこでもアミリアは人外の生物学的知見をまとめ上げ学者をうならせるほどの出来の論文を作り上げた。


その間にもアミリアは休憩の合間にも学者たちに質問し、さらに自らの知見を深めていった。


 午後、マナーの講義ということでサロンでお茶会が開かれることとなった。お茶会にも様々な作法があり、身分の高い人にはそれにふさわしい作法があること、貴族にも上級か下級かで作法の差異が生まれることもあった。今回のシチュエーションはアミリアが仕切ることとなった。だがその時問題が起こった。下級貴族が仕切るお茶会なんてということに気に食わないというほかのご令嬢方が彼女の言うことを聞かずにシカトを始めたのだ。あまりにも幼稚な言動に母親は抗議しようとしたが自分も下級貴族、上級貴族が話を聞いてくれることはなかった。それにより母親は後悔し始めた。


(娘は毎日こんな仕打ちを受けているのか、化け物と結婚するのにもそうだがここでこんなつらい思いをするぐらいだったらもっと早く結婚相手を見つけてあげればよかった。)


母親が顔を俯かせているとアミリアが近づいてきて彼女にハーブティーの入ったカップを差し出す。


「どうぞこれをお召し上がりくださいませ」


笑顔のアミリアに母親はカップを受け取るしかなかった。彼女はシカトしている参加者たちにカップを差し出し席に戻ると毅然とした態度で言ってきた。


「今はお作法を学ぶ場です。幼稚な行動は慎んでもらいたいですわ。」


すると今まで黙ってた女性達の一人が口を開いた。


「化け物と婚姻する方のお茶会なんて行きたくなかったのに」


「下級貴族のくせに私たち上級貴族のまねごとをして滑稽ですわ。」


「そもそも化け物にこんな高尚な文化がお分かりになられると思いまして?」


次々と堰を切ったように非難と偏見の言葉が舞って出た。母親も娘がシルベルスでこんな目に遭ってたらと思うと彼女たちに同調しかけたその時、


「いいえ、彼らには彼らの文化があり私の役目は両国の橋渡しになること、そのためには我々の文化を正しく好意的に伝える役目があるのです。下級上級関係なく一人の人間として職務に励まなければならないのです。それがお分かりにならない方なんて学院で何を学んでいらしたのでしょう?」


あれだけ言われたのにも関わらず凛とした態度にほかの女性たちは機嫌が悪そうにぶつくさ文句を言いながらサロンから出て行ってしまった。そうしてアミリアと母親、侍女数人が取り残されてしまった。


「あんなこと言ってよかったの?」


「これぐらい言えなきゃ向こうでもやっていけないし、それに…」


「それに?」


アミリアはさっきまでの態度から少し曇ったような顔をしていった。


「化け物なんかじゃない。彼らのことをこれからもっと知ろうとしたいのにあんな態度をとってくる人たちとは正直お茶を飲みたくない。こんなのいけないことだとわかっている。」


「これから先苦労するわね…お互いに」


お茶会は今日なかったことになった。


そうしてアミリアの妃教育が三か月たった頃、いよいよテルミア王国子爵令嬢アミリア・ベティンとシルベルス帝国の皇帝レドルスの結婚がいよいよ近づいてきたのだ。


王宮には帝国関係者が出入りするようになった。


そのころベティン子爵領には王国から嫁入り道具としての豪勢な調度品が送られてきた。


「こんな豪華な品物…見たことない…これ全部お前のものなのか?」


部屋中を埋め尽くすほどの豪華な家具に絹でできたドレス何十着におそらく一生かけてでも届かないであろうほど豪華絢爛な婚礼衣装までもが送られてきたのだ。もちろん父親である子爵やアミリアの弟アルゼ宛にも大量の特産物と贈り物が王国中から届いたのだ。


「うちの城に入り切れるかな…」


「バカ。まずは大量の特産品を何とかしなきゃいけないし、お礼もしなきゃいけないんだぞ。お前も手伝え。」


「これでしばらくは冬を越せそうですね。うふふ。」


そんな家族の会話を聞いていたアミリアはやれやれといった面持ちでテーブルに食器を並べ始めた。


さらに日は過ぎ、アミリアの結婚前日となった。その日は王の計らいで妃教育で王宮に行くことはなく家族で過ごすことになったのだ。


アミリアはいつも通り朝は剣の修行をして午後は勉学に励むつもりだったが母からもらい物のお菓子があるといってお茶に誘われてしまった。下級貴族のマナーは緩い。彼女はお菓子を食べながらいままでのことを語り合ったのだ。


「あなたも結婚する年になったのね。まえはあんなに小さかったのに」


「お母様何言ってらっしゃるの。そんなのいつの話になるの?」


「それにしても結婚相手が魔族しかも皇帝だなんてお母さんまだびっくりしてるのよ」


「もう私が好きで決めたことなんだから今更反対だなんて言わないでよね。」


「わかっているわよ。ここまで来たら腹をくくるしかなさそうね。ああそうだ。」


「何お母様?」


「アドバイスというより私の経験なんだけど夫婦になるからこそ対等でなければならないし話し合うことを忘れてはだめ。そうすれば私とお父さんのように愛をはぐくむことができるわ。まあ目の前の人を大事にしなさいってね!」


母親が親指を立てる。アミリアは少し考えこんだ後お菓子を口に入れて紅茶で飲み込んだ。


日も暮れ母親が台所に立ち料理を始めた。アミリアも母に倣って手伝いを始めた。子爵家は貧乏なので自ら料理することで人件費を抑え込むことがよくあった。この家も例外ではない。


食卓にいつもよりすこし豪華な夕飯が並んだ。メニューは肉の入ったスープに地元の野菜を使ったサラダ、贈り物として届いたステーキに魚とフルーツのマリネ、デザートにイチゴのケーキが小さなテーブルに所狭しと並んだ。


「明日はアミリアの結婚だ!少し寂しいが新たな一歩だ!盛大にお祝いしようではないか!」


父親がもうすでにワインで酔った状態でパーティーは始まった。おいしい料理に皆舌鼓を打ちながら国内最高級ワインに口を付けた。


その日はいつも通り家族で楽しい食事が送れた。


夜が深まったころ自室のベットに転がり込んだアミリアは今までのことそしてこれからのことについて考えていた。


(皆に大見栄きっちゃたけど今更になって不安がよぎるなんてワイン少し飲みすぎたのかもしれないな)


アミリアは起き上がって窓からいつも見慣れた田園風景と空に浮かぶ満月に向かって小さくため息をついた。彼女は両手で自分のほほをパンッと叩いた。叩かれた痛みで少し思考がすっきりした。


「明日は憧れの方と結婚するんだ。弱気になっちゃダメ。師匠とも別れるのは少し寂しいけど私がやらなきゃいけないんだ。」


そう意を決した彼女は水差しから水を注いで勢いよく水を飲んだ後その勢いのままベッドにも潜りこんだ。ワインの酔いも相まって彼女は深い眠りについた。


日付が変わったと同時に城の扉を叩く音が聞こえた。



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