第一話・二重奏
登場人物
池上晴・私立桐鳴高校1年、小学校から中学校までトランペットのソロ奏者として活動していた。
今は桐鳴高校吹奏楽部の活動に専念したいためソロ奏者としての活動を休止している。
趣味はトランペット、読書。
田中咲良・私立桐鳴高校2年、「桐鳴高校のアイドル」と称される程の美貌をもつ。幼少期に片思いしていた男子に告白し断られた過去がある。そのため自分からはもちろん(そもそも好きな人がいない)告白されたとしても100%断っている。趣味はアニメ鑑賞、読書。
私立桐鳴高校、吹奏楽の名門として名を馳せるこの私立高校、この高校から排出されたプロ奏者は数知れず。偏差値も高くないため、都内・・・否、全国から吹奏楽に青春を捧げた生徒がこの私立桐鳴学園高等部に集まってくる。
「なぁ、あそこの奴ってもしかして・・・?」「え!もしかして池上晴君!?」「まじ!?うわ、本物だ・・・!」
そういう彼らの視線の先にいるのは、私立桐鳴高校1年の池上晴。トランペットのソロ奏者として世間にその名を轟かせた。
元々、私立桐鳴高校は生徒数が多いので、池上晴が入学したという噂は流れてはいたがその姿をみた者は全生徒のうちの数十人くらいだ。そのため入学式から1ヶ月半が経過した今でもこんな会話が繰り広げられる。
「おっは~、ハル。朝練終わりか?」「うん、そんなとこ・・・富貴こそいつもより早いじゃん」
「ん・・・珍しく早く起きちまって、家にぐずぐずいるのも嫌だったからさっさ登校したって感じ」
池上のことをハルと呼ぶ彼は、稲葉富貴、幼稚園からの幼馴染である。
池上は自分の名前呼ばせるときは基本的に名字で呼ばせている。自分の名前が嫌い・・・というわけではない。では、なぜ名字呼びをさせているのかというと、単に違和感を覚えるからという。ただし、ずっと一緒にいる仲・・・例えば、稲葉富貴ぐらいの関係だったらハル呼びでも別に違和感を覚えない為、構わないようだ。
そして朝のホームルーム前の教室の賑やかさが教室内を満たし、朝練の疲れがゆっくり癒されていくなかで富貴が訊いてきた。
「で、最近あの人と仲良くやってんのか?」「咲良先輩と?別にいつもどおりだよ」
「チェッ、面白くないな~、もうちょっとないのかよ、のろけ話とか」
「ないよ、というかお前、俺がああゆうフワフワしたタイプの人種がそこまで好きじゃないの知ってんだろ」
池上は元々そういった女子に対して嫌悪感を感じているため、できることなら、咲良先輩こと田中咲良とあまり関わりたくないのだ。しかし、彼女が『先輩』という立場にいる関係、関わらずを得ないのだ。
「しっかし、良いよなぁ~お前は、『桐鳴高校のアイドル』の咲良先輩と毎日一緒に練習ができるだから
幸せ者だな」
(・・・咲良先輩は、人気なんだな)
トランペット以外は平凡な自分とは大違いだな・・・、そういった気持ちに心を押しつぶされそうになりながら昼休みまでの授業を済ませ、弁当を食べていると、校内放送が掛かった。
『1ーB組、池上晴さん、至急職員室に来てください』
「今の声、向谷先生じゃない?」「向谷先生が?」
俺、なんかやらかしたかな?そう思いながら職員室前に向かうと、件の向谷先生が待っていた。
「向谷先生、どうかしましたか?」「いや、そこまで深刻な問題じゃないんだが・・・」「?」
まさか何かやらかした?そう思ったが、やらかしたわけではなく
「実は・・・お前に出演依頼が来てるんだ」「え?活動は一時―」
「ああ、休止していることは伝えたんだが・・・どうしても出演してもらいたいらしい」「・・・・・」
色々な思考がメビウスの輪のように、ぐるぐると彼の頭を巡る。そして彼が出した答えは・・・・
「・・・分かりました。今回は特別に出演させてもらいます」
「分かった。そう伝えておくよ、じゃあ戻って良いよ」「はい、失礼します」
教室に戻ると周りのクラスメイト達が何があったのか訊ねてきた。
「池上、なんかやらかした?」「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・ちょっとね」
そういうと、ふーん、と言ってこれ以上の追及はなかった。池上にとってはそのほうがありがたい。
そして5,6時間目を終わらせ、帰りのホームルームを適当に済ませて池上は先程の向谷先生とのやり取りを思い出しながら我ながら甘いなと思いながら音楽室に向かう矢先・・・・「あ、ハル君見っけ!」の声と共に後ろから女子生徒が飛び掛かってきた。
「うわっ!!って咲良先輩・・・俺の姿を見るなり急に飛び掛かって来ないでください」
そう、この女子生徒こそ田中咲良、池上晴の先輩である。
そして、ため息交じりに放った言葉は彼女の耳に届くはずもなく・・・
「え~、可愛いものには飛び掛かりたくなっちゃうからさ、別にいいじゃん!」
「ちっとも良くないです、っていうか何回も言ってるじゃないですか!俺は可愛くなんかないって!」
実は池上が咲良先輩のことが嫌いな理由はもう一つあり、それは自分のことを『可愛い』と思っていること。
池上本人は自分のことを『可愛い』と思われたくはないのだが、この先輩は池上のことを『可愛い』と言って先程のように部活に行く際、池上のことを見つけると後ろから飛び掛かってくるのだ。
「はぁ~、ホントに心臓に悪いので本当にやめてください」「むう~」「『むう~』じゃないです」
「ふふ、ハル君って本当面白い」「いつまで抱きついているんですか?さっさと離れてください」
「は~い・・・」「(チッ・・・)」
いつもは心の中でしている舌打ちが小さく出てしまった。
(あ・・・、聞こえてないよね・・・?)さすがの池上も申し訳なくなりチラッと横を見ると、聞こえていなかったのだろう
咲良は何食わぬ顔で横を歩いていた。
(大丈夫、聞こえていない)少し安心した刹那咲良が、そういえば、と言って訊ねてきた。
「ハル君、コンクール曲の方は順調?」「『風之舞』ですか?順調ですね」
風之舞・・・『吹奏楽のための「風之舞」』は今年の課題曲である。そして歴代課題曲の中でも屈指の人気曲であり桐鳴高校吹奏楽部は例年以上に気合いを入れて練習している。
「そっか、それなら大丈夫そうだね」「まぁ、せいぜい『梅組』に入れるように頑張りますよ」
桐鳴高校吹奏楽部はかなりの部員がいるため、コンクール近くになってくると「松組」「梅組」に分かれる。審査の日まではまだ日にちがあるが、「梅組」になるには熾烈な競争を勝たなければならない。そのためには毎日の練習が重要になってくる。
(・・・序盤のあのソロ部分のピッチが微妙に合わないから、そこを・・・・)・・・今のクオリティでは「梅組」になれない・・・そう思い、心の中に黒い何かが霧のようにかかった。それを振り払おうとしたとき、咲良の声が聞こえた。
「あの・・・」「?、どうしたんですか?」「えっと・・・今度の訪問演奏で、セッティングの間の隙間時間があるじゃん・・・?」「・・・はい」この時、池上は若干違和感を感じていた。少し声が震えているし、心なしか耳が微妙に赤い。
「そこで・・・その・・・」「?」「二人で・・・一緒に吹かない?」
少し上目遣いで言われたその言葉に、池上は自分の心臓が一瞬、高鳴ってしまったのを感じたのと同時に
何故だか、少し、懐かしさを感じた。
こんな稚拙なものを読んでくれた方ありがとうございます。不定期に投稿していきますのでよろしくお願いいたします。