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大切な一年に

きらきらと、橙や黄色、薄いクリーム色といった暖かい色の明りが散らばる夜の街を、私、月乃玲明は窓から一人見つめていた。


現在の時刻は、深夜の十二時少し前。本来ならばこの時間はみんな眠りにつく静かな時間だというのに、こんなにもにぎやかなのは、今夜が一年の終わる大晦日だからである。


勿論、いつも通り寝てしまう人もいるのだろう。しかし、一年の最後と最初なのだから見届けよう、という思考の人が、今日は多いのだろう。


単なる私の仮説ではあるが、いつも夜空一色の窓の奥の世界が、今日はきらびやかであることが正しさを証明しているようでもあった。かく言う私も、節目の夜を見届けるために夜更かしをするその一人である。


今年一年……とは言っても私の記憶が続いているのは半年にも満たない、わずかな時間である。だが、そんな時間であっても思い返すと本当にたくさんのことがあった。


記憶を失ったことから始まり、幼馴染に助けられ、友人と出会い、生徒会の先輩やいろんな人の力を借りながら事件を解決して……。


一つひとつを思い浮かべて並べていったら、一夜に収まらないくらいに輝く思い出たち。


記憶を失い、知識はそのままに体験や思い出といった感情、情緒を形づくるそれらが全て消え失せた私の感覚では、何かを感じることそのものが不思議でふわふわと夢見心地だった。


しかし、楽しかったこと、辛かったこと、痛かったことや驚いたこと……いい感情もよくない感情とされるものも。その全てが確かに在って私が体験したことなのだ。


(今年も今日で終わりなのかぁ……)


そう考えると、少し感慨深い。


「今年一年ありがとう」


色んな人に対して、ものに対して。たった今、ちょうど思ったその言葉が、音となって宙に舞う。

……だが、その言葉は私の口からこぼれた訳ではない。


「!?」


しかし、その言葉の主を不審者だというのには、かけられた言葉があまりにも優しく、紡がれた音は聞き覚えのあり過ぎる声だった。


「のあ!?……」


私の()()()しー!っと指を立てたのは見えたが、のあの後ろには柔らかく光を放つ月があり、そこまで強い光ではないもののちょうど、影になってしまうのあの表情は、暗くてよく分からない。


「ふふふっ。驚いた?」


ちゃんとした表情はわからないが、声音から察するに、いたずらが成功した子供のような顔でもしているのではないだろうか。全く、困った人である。


さて、それはともかく、ちょっとした問題がある。


「会話をする前にそこから降りてきたらどうですか?」


それは、こんな深夜に女子寮を訪れるのはどうなのか。などという常識的な話ではない。

つまるところその問題は――のあのいる場所である。


今、私がいる場所は窓辺であり、その少し上の頭上――のあは、女子寮の屋根に乗り、そこから身を乗り出す形でこちらを向いていた。


「あーまぁ、地面からだとばれやすいから屋根に登ったんだけど……」

「もう今更帰れとは言えませんよ。どうぞ、上がっていってください」

「こんな深夜だけどいいの?防犯上の観点から普通に危ないよ?」

「深夜に訪ねて来た側の人が今更何を言ってるんですか」


「ほら、どうぞ」と、窓を全開に開ける。今までは軽く夜風を浴びる意味でも気持ちよく風が入ってくる程度に少し窓を開けていただけだったが、全開にしてみるとひゅぅぅっと、一気に風が入り込んできて、気持ち良さよりも冷たさが際立った。


「じゃあ、まぁ……上がらせていただきます?」


私に流されるように、(……と言っても最初に訪ねてきたのはあちらの方だが)のあは魔術でふわりふわりと降りてくると窓から私の部屋へと入った。

こうして思えば、のあへ対応もだいぶ手馴れてきたものである。


「……度々思うんですけど、すごい技術ですよね。いつぞやの授業で使っていた上昇の混合魔術よりいろいろな工程が簡略化されていて、ばれずに使いやすい……。のあ、技術の無駄遣いすぎませんか?」

「うわ、編み出した人が何か言ってる」


じとっとした目を向けられたが、私にはその魔術を編み出した覚えがない。ただ、どういう理論で、どうすればできるのかを知っているだけ。曰く、記憶を失う前の私が編み出した……らしい。


「とはいっても、魔術の工程を簡略化してる分、体感やら魔力操作の技術やら、その他の要素が必要になりすぎて、私も、のあほどは使いこなせませんし」

「れいも、それなりに運動神経はあるんだし頑張ればいつでもどこでもすいすい飛べるくらいにはなるんじゃない?」

「いつでもどこでもすいすい飛んでいたら先生たちにばれていずれ規制かけられちゃいますよ」

「確かに」


のあはふふ、と笑った。いつもの、落ち着くやわらかい笑み。その、のあの笑みの温かさが際立つのは、まだ開きっぱなしの窓から伝わってくる冷気のせいだろうか。


それとも――


「あぁ、お茶も出さないまま立ち話してしまいましたね。奥の方へどうぞ、今からお茶を――」

「れい、なんかかっこいい感じに言ってるけど、お茶の出し方わかってる?」

「…………茶葉を火で温めて、いい感じにお水を灌いだら出来ます……よね?」


ため息をつかれた。しかも、手で顔を覆ってうなだれている。このままだといずれ地面にのめりこみそうな勢いである。


「……何一つとして違う。れいにやらせたら火事になりかねなくて怖いから僕が……。――いや」


前半は独り言じみた呆れのつぶやきだったが後半はなにかを思いついたようで、ようやくこちらに向かって言葉が投げかけられた。


「せっかくの機会だかられい、一緒にやってみよう」

「私も、やってみたいです」


二つ返事でうなずいた私は、やっと窓を閉めて台所の方へと向かった。


* * *


「まずは、お鍋に水を入れて、沸騰するまで温める」

「茶葉を直接火にかけて温めるんじゃないんですね」

「れい、それは温めるとは言わない」


のあに突っ込まれながら、私は鍋を台所に備え付けられている魔道具設備に置き、火をつけた。


「目安は、小さい泡じゃなくて、ぼこぼこした大きい泡が出てくるまで。その後はもう時間勝負だから今のうちにいろいろ準備するよ」


のあからの指示を受けて、私は戸棚の奥を漁り、真っ白のポットとちょうど二人分のカップを見つけた。


「こんなに奥にしまわれてるだなんて、私、昔もお茶飲まない人だったんでしょうね。でもお茶飲まないのにこんなよさそうなティーセット、どこで買ったんでしょう」

「あ、それはたぶん国からだと思うよ。貴族はお茶を嗜む人が多いからね。一応形だけでもってことでくれたんだと思う…………あ、ほらもう沸騰し出した」


ぶくぶくと大きな泡を立て始めた鍋を前に、その話は切り上げて火を止めた。


「ここからは、カップとポットにお湯をいれてカップの方は、少し置いて温めながら、ポットで、お茶の準備」


またもやのあの指示通りに、茶葉を入れて、ポットの蓋を閉めた。ここからは、少し蒸らして紅茶をさらに美味しくするらしい。


「……待つ時間って、ちょっと長くも感じますけど、わくわくしますね」

「でしょ?それもお茶準備の楽しいところだよ」

「……………………」

「……………………」


少しだけ、会話が途切れて沈黙が出来た。


「…………ねぇ」


その沈黙を切り裂いたのは、のあの声だった。


「どうしましたか?」

「……今年、どうだった?」


きっと、のあは私が、どんな返答をするかわからなかったから、少し恐ろしかったんじゃないかと思う。

……でも、私の返答は決まっていた。


「いいことも、悪いことも、色々ありました」

「そうだね」


のあが、静かに肯定する。


「辛いことも、いまだに解決しないことも、色々あります。でも――」


「確かに、大切な一年でした」


はっ、とのあが目を見開き、ふわりと笑む。


「……そっか」


その返答で、十分だったのだと思う。


「そろそろ、カップのお湯を捨てて、紅茶を淹れよう。きっと美味しく出来てるよ」

「はい」


言われた通りに、カップのお湯を捨て、なみなみと紅茶を注ぐと、宝石とも見紛うような、綺麗な赤が紡がれた。


「今年一年、ありがとう」

「こちらこそ、来年もよろしくお願いします」


そう言って、二人で紅茶に口をつけたその時、時計がやけに音を立てた。


「あけまして、おめでとう」

「また、よろしくお願いします」


なんだか、締まりのないような気もする。


でも、これが、私たちの新年だ。


「今年も、いい年にしましょうね」


今年は、何をしようか。

記憶を取り戻して、魔術を学んで、色んな人と話して……。


後は、新しくカップでも買って、今日学んだ紅茶を先輩達や、友人に振る舞おうか。


きっと、その時は、のあにもまた手伝ってもらおう。


「どうぞ、今年もよろしく」



新しい、大切な一年が幕を開けた。


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