優しい味
「のあ、最近私が読んだっていってた本です。こっちが風魔術に特化した研究論文で、こっちは普通の小説本です。このミステリー、今の季節にぴったり……というか今の季節だからこそ成り立つ温度を使ったトリックで……」
「れい、それ以上言ったらネタバレ」
「あっ」
しまった、とでも言うように口を押さえてすこし青ざめる少女を見て僕、華道のあはくすりと笑いを漏らす。
「まぁいいよ。題名の「初雪」からもうなんか冬なのはわかるしね」
「といってもこれ、最初は春の雪解けに関する話から始まって半分くらいは春ですよ。冬なのは後半の主人公の親友と会った――」
「れい、それ多分主人公の親友が重要人物なの察せれちゃうんだけど……」
「あっ!いや、え、親友もいいキャラしてるなぁとは思いましたが真相にしっかりきっちり関わってるわけじゃなくてですね……いやでも解釈によっては親友が――」
だーめだこりゃ、と再び僕の口から呆れと笑いを含んだ声が漏れた。れいにとっての小説は大体心情描写が複雑すぎて理解が追いつかないか、トリックの矛盾が引っかかるか――大体ミステリーは前者後者両方が合わさって読みにくそうだという印象を抱いていたのだが、こうも嬉々として内容を語りたがり、強く勧める様子を見ていると、今回出会った小説は相当気に入ったのだろうな、ということがよくわかる。
「それで、今日はこれを貸すために?」
今、僕らがいるのは男子寮の二階にある談話室……といっても大層なものではなく微妙に椅子の位置をずらしたり、れいが抱えて来た荷物がその辺に散乱していたり、れいが僕を呼びに来た朝からの数時間、部屋を私物化して好き勝手していても特にバレやしないし何時間借りていようが声もかけられない、ゆるーい部屋なのである。
というのも男子は男子寮、女子は女子寮で過ごすのが基本であり、また未婚の男女が必要以上に親しく接するのを良しとしない貴族社会であるため「他寮の生徒と話をするための部屋」言わば異性と話をするためのこの部屋は基本使われることのない場所だった。
しかし僕らは平民の出であることと、今が冬休み中で大多数の生徒が帰省しており、変な噂も立ちにくいこと、また僕らが生徒会役員であることが幸いして、無事に部屋を借りるに至った。
…………後は単純に年末帰省している寮の管理人に代わる代理人の人がやる気なかった。
『談話室?あーまー君たち平民でしょ?ん?あぁ生徒会役員やってるの?うん。じゃあまぁいいや。なんかあってもお咎め特にないし、責任は自分らで……。ご自由に〜』
といった具合である。貴族ならもっと止められたかもしれない。平民様さま。
「…………あ、そ、そうです!!そうそう……まずはこの本のおすすめがしたかったのとあとは、まぁまた暇だったのでよければ色々話したいなぁと。押しかけて来ちゃいましたが今日は時間空いていましたか?」
「うん。普通に僕も用事なんて滅多にないし、あるとしても糸さんのところに行くくらいだよ。基本気にしないで来てくれて全然大丈夫。というか前言ったように普通に嬉しいから」
それならよかった、と頬を緩ませるれいを横目に僕は微かな引っかかりに目を細めた。
(何か隠した?)
僕がここに来たのは本を貸すためか、と目的を尋ねたとき、少し間が空いたし視線が泳いでいた。本当に僅かな時間であったことから恐らく重大なことではないのだろうけど、だからこそれい特有の「こんなこと言っていいんだろうか」の思考でいいにくくなっていると見た。
(小さなことでも言ってくれて構わない、って普段から言ってるはずなんだけどなぁ……)
最近は、学園祭の事件を経て自己表現も割とするようになったと思っていたが、まだまだ一筋縄ではいかないらしい。
(さて……どうやって聞き出すか……)
れいの悩みになりそうな事柄を頭の中でつらつら思い浮かべながら、れいとのたわいもない話に返事を返した。
* * *
(あぁぁぁぁ、いつ言い出そう!どう言おう!?)
私、月乃玲明はのあと雑談をしながら、内心かなり焦っていた。……というのも、今日のあの元に来たのは明確な目的があったからである。
しかし、どうにかその目的を達成するべく話を持って行こうとしてもうまくいかない。
「れい、最近何して過ごしてた?」
「読書とか……後はたまに風夜先輩に会ったら話をしたり、お茶を飲んだり、ですね」
「へぇ〜、風夜先輩元気にしてた?どんな話したの?」
「元気にしている様子でしたよ。風夜先輩のおすすめの本も教えてもらったり、大体は寮にいるけれど年越しの辺りはご実家に帰省されるとか……。学園祭の時はバタバタしてて結局お父様と会えなかったから冬休み顔を見せるように言われたとか」
「あぁ……あの日、わざわざお父上と会う時間作り出してたね。その分を年末に、ってことかぁ」
「はっきりとは決めてないないらしいですけど、三日から五日間帰るらしいのでそろそろ近いうちに寮を出るんじゃないですかね?…………あ」
そんな風夜先輩に関する話をしていて唐突に思い浮かんだのは昨夜、私の不注意から起こしてしまったにも関わらず、怒ることなく私の事情にまで付き合ってくれた、無表情ながらも慈しみに溢れた先輩の表情だ。
(思えばあれ、帰省の準備で忙しい中手伝ってくれてたんですね)
私はそっと、本と本の間に隠されるようにして置いてある温度が低く保たれた箱――手作りケーキの入った箱を見た。
このケーキが昨夜、私が風夜先輩に協力してもらいながら作ったものであり、今日、神の降り立ったとされる祭日に家族や友人と食べる文化のある菓子。そして私の中ではのあにいつもの感謝を形にして伝えるためのものである。
……それでもやっぱり手作りの菓子を受け取ってもらえるか、喜んでもらえるか、不安になる気持ちもある。
――けれど、風夜先輩だって背中を押してくれたんだから。きっと、上手くいく。いや、ちゃんと伝えてみせる。
「どうしたの?」
「……いいや、風夜先輩って優しいよなぁと」
「どうしたの、急に」
唐突な私の言葉に、のあが笑う。
「昨日だって後輩の無茶な計画に、根気良く付き合ってくれたんですよ」
「…………昨日?」
「はい」
隠すように置いていた本を丁寧に退けては、箱をのあの方へと差し出した。添える手が、箱の冷さからか微かに震える。
「これは…………」
「ケーキです。昨日風夜先輩に付き合って貰いながら作りました。今日が、祭日なので」
「れい、が?」
のあは、珍しく完全に驚き切った、欠片も想像していなかったとでもいうような顔で私と箱を交互に見た。
「私はのあもご存知の通り、料理が壊滅的です。でも風夜先輩監修の元、色々教えてもらってほんのすこーしはわかるようになったんです。味も、味見したところ悪くはなかったので、出来れば普段の感謝の気持ちとして受け取ってほしくて。…………あ、でも手作りがダメだったら大丈夫です。持ってかえるので……」
「いいや、全然。ちょっと……いや、結構驚いただけ。ケーキの存在もそうだし、れいがつくったってことも」
「私がと言っても結構指示は風夜先輩に出して貰いましたし、色々細々したことも手伝って貰っちゃいました」
「勿論、風夜先輩だって制作に関わってくれた協力者で、感謝すべき人だ。でもやっぱり、れいが作って、れいが思いを込めてくれたことにも変わりはないんだよ。――ありがとう」
そう言って、のあがふわっと笑んだ瞬間胸の中がぽぅっと暖かくなった。今回こそは、私が恩を返すつもりでいたのに、のあの言葉ひとつでこんな心地になっていていいのだろうか。
…………のあが、喜んで言ってくれたのだから、きっといいのだろう。
「どういたしまして」
私もまた、同じ気持ちをのあに返せるように、と思いながら笑った。
* * *
その後、のあが二人で一緒に食べようと言って部屋から一式のセットと、ついでに紅茶のセットを持って来た。
クリームの塗りムラが所々に出てしまっているやはり素人製作ということがありありと分かるケーキだったがそれっぽいお皿に切り取られて、紅茶と並べられた様子を見ると案外様になっている、だなんて少し考えた。
でも、一番はのあにケーキが美味しい――特に、ふわっとしたスポンジがたまらないと太鼓判を押してもらったことが何より嬉しくて、これがちゃんと料理で、ケーキたらしめる何かになれていたことを実感した。
そんな嬉しさを胸に抱き、のあにさぁさぁと急かされるがまま、私も切り分けたケーキを口へ運べば――
ふわっと泡立てられた卵とそれを殺さずに混ざり合ってくれた温かい牛乳の優しい味が口いっぱいに広がった様な気がした。
れいちゃんが微妙に話持って来にくかったのは、のあが色々探るために上手く会話の主導権握ってたからです。
あと、風夜先輩のことを聞いたのも探りの一環。なんか反応が違かったからお?あたりか?と思ったらケーキが出て来てびっくりしました。




