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月よりも何よりも

落ち着きがありながらも鮮やかな、秋特有の色合いを窓の向こうに感じながら私、白杜留紀は図書室で勉強をしていた。




これが私にとっていつもの日課であり、趣味のようなものですらあった。




(ええっと、人体と魔力の関わりは……)




今までは、ただ父に認められたくて、己の存在意義と言わんばかりにただ「テストでいい点を取る」ための勉強をしていた。




――だが、今は新たに学び直しているものがある。




それは医学だった。


今まで、何となくの父に対する劣等感から私が医学を学んでもいいのか、自分自身が不安になっていた、ため医学は学んではいたものの中途半端なままであった。


だが今後を見据え、学園を卒業して父を支えながら病院に携わるのなら今のうちから医学は学んだ方がいい。




そんな事情から私は最近、学校の勉強の合間に医学の勉強をよくしている。


幸い、基礎となる部分は大まかに頭に入ってはいたため、それをより強固にするための復習から実践するための知識まで、暇があれば勉強をしている。




そんないつもと変わらない日だが、一つだけ違うことがおきた。




「――よぉ」




こつこつと私の勉強する机まで来るのはガラこそ悪く、今かけてきた言葉もカツアゲ前の導入かのような雰囲気だがその出身は名家中の名家である一条悠里。まぁ、これでも大切な友人の一人だ。




「今日は珍しいわね。学園祭準備期間とあって忙しいでしょう?」


「まぁそれなりに」


「今日は珍しく休み?」


「いや。ちょっと抜けさせてもらっただけだ」




はた、と首を傾げる。わざわざ生徒会を抜けてまで会いに来るとはどんな用事なのだろうか。




「いや、その……な、別に急用って訳でもないんだが……」


「……どうしたの?」




なんだか妙に言いにくいように、気まずそうに視線をあちこち彷徨わせながら曖昧な言葉を紡ぐ。




「今日……皆既月食って言ってすげぇ珍しい月が見れんだよ。だから……えぇっと、その……」


「……もしかして一緒に見ようって誘いに来てくれた?」


「……」




沈黙は肯定だ。……全く。やっぱりどうしようもなく不器用な人だ。




「峰も一緒に?」


「……いや、今日はお前だけ」




珍しいな、とは思いながらも何故だかちょっぴり嬉しくもある。


……いや、峰がいないのはしょんぼりするべきところのはずなのに何故だろうか。




「わかったわ。……貴方のことだから夜間外出の許可はもうもらってあるんでしょう?」


「その辺は事情説明したら割とすんなり許可が降りた。……言っとくが、今回はパワープレイじゃないからな?」




私が何を言うと思ったのか勝手に弁明し出した。今回は、と言ってしまうあたり普段はどうなんだか。




「はいはい。今回は正攻法なのね」




呆れも半分含みながら笑い、そう言うと悠里はなんだか解せないような顔をした。言い出したのは自分だというのに。




「それじゃ、夜七時くらいに女子寮前まで行く。流石にこれ以上生徒会の方空けると華道に何言われるかわかんねぇから戻るわ」


「えぇ。それじゃあまた今夜」




ひらりと手を振って悠里は去っていった。嵐のような人だな、とつくづく思う。




(どんな服で行こうかしら)




勉強一筋で面白みのない自分が、服装や髪型をどうしようか迷うくらいには今夜の約束に浮かれているようだった。




* * *




(あー……)




俺、一条悠里は約束通り夜になり、女子寮の前まで来た。前まで来たのだ。前まで来たのだが。


現在時刻、六時。この時間から見てもわかるほどの浮かれている。超浮かれているのは自覚しているつもりだ。




いつもなら気にならないはずなのに誘い方がおかしくなかったか、峰叶斗あいつが居ない不自然さをツッコまれないか気が気じゃない。


実際は三人でもよかったのだが――




『留紀くんと二人で見たいんでしょ?その辺の自分の気持ちには正直になった方がいいって〜』




と、訳がわからない理由で断られた。


今回はただあいつが断っただけで俺は別に三人でも良かった。


あいつが言ってた自分の気持ち?知るわけねぇだろばーか。……知らないったら知らない。


――と、一人心の中で押し問答しているうちに声が掛かる。




「ごめんなさい!待った?」


「別に。今来たとこ」




と、言いながら目線の先は地面だ。さっきちらっと留紀の方をみて、俺は悟った。




――ヤバい、死ぬ。




少しだけ赤みを含んだ茶色の髪は上品にシニヨンヘアで纏められており、服もいつもの見慣れた制服でなく深い緑の上品なワンピースだ。




対して俺は何を着ようか迷いに迷った挙句、面白みの欠片もないいつもの制服とローブで来てしまった。




「……どうしたの?」


「いや――」




別に。と言おうとして実家の兄の言葉が頭をよぎった。




『いいか!女の子とデートしたときはな、お洒落してきてくれたら絶対に!絶対に服装に触れるんだぞ』


『は?なんで』


『女心をわかってないなー。精一杯のお洒落に対する感想ってほしいものなんだよ。その辺に気づいてやれなくて振られる男はごまんといる!』




これだけ女心を語っておいて彼女が居ないのはどうかと思ったがとりあえずそういうものとして頭にだけは置いておくことにしたのだ。


――そして現在に戻る。




「……る」


「……?」


「留紀」




速くなる心臓を出来るだけ押さえつけるように、落ち着いた調子で名前を呼ぶと、息を吸ってその後の言葉を続けた。




「今日の服装、可愛い、と思っ、た……。落ち着いた秋らしい色で大人っぽいというか……その……」




一息置いて、荒れてしまった呼吸を整えながら言った。




「似合ってるよ」




言い切ったとたん、顔が熱くなってきた。もう秋だというのに。しかも夜で、だいぶ寒いはずだというのに。




「……ありがと」




留紀にしては珍しく歯切れの悪い返答だと思い、視線を戻すと――




「――っ……」




顔を真っ赤にした留紀がいた。


あまりに珍しいその様子に俺はただぽかんとする他なかった。




「……」


「……」




妙な沈黙が場を占めた後、すうっと息を吸って出来るだけいつもの調子を装うと口を開いた。




「……そろそろ行くか?」


「……そうね」




俺が先を切って歩き出すと、横に留紀も並んだ。


出来るだけ、留紀に歩調は合わせたかったけれど、まだ火照ったままの顔は見られたくなくて、どうしても少し早歩きになってしまった。




* * *




私、白杜留紀はベンチに座りながらさっきの言葉を反芻する。




『似合ってるよ』




ここは、学園の女子寮からそう遠くない小高い丘であり、店などが並ぶ通りからもそれなりに離れているため灯りもなく、空が見やすく、人も少ない。




そんな丘にポツンと佇むベンチに座りながら私たち二人は無言で空を見ている。


皆既食まではまだ少し時間があるため各々夜空を楽しむ時間にしている……が。




当の私は夜空を見ている余裕などない。




心臓が早鐘を打ったままで全身が熱い。なぜ、こんなに熱いのだろう。


……いや、きっと悠里がいつもと違って見えてビックリしてしまっただけだ。


あぁ、あときっと、今肩にある重みの一つである悠里のローブが異様に暖かいのだろう。




『寒いだろ。風邪ひくのも困るから羽織っとけ』




なんて言った悠里にも驚いて、きっといろんなことが二重にも三重にも四重にも重なったからこうなっているのだ。……きっとそうだ。




ちらりと悠里の方を見てみると、悠里も黙って空を見ている。


……そんな様子を見ていると、こんな感覚は私だけのもので、私がちょっとおかしくなってしまったのかなとすら思う。


だとしたらちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寂しい気がする。




「あ、そろそろ皆既食になるぞ」




ふっと、悠里から声が上がる。


悠里が指差した月をちゃんと見たくて先ほどまでの考えは振り払い、月を見上げた。




柔からな、クリーム色のような、白色のような月の色がじわじわ染まって今、完全に赤銅のような色になったところだった。




「宇宙って面白いよな」


「そうね。私も医学の次に好きな分野の学問かもしれないわ」




二人でぼぉっと月を眺めながら、こんなたわいもない会話を出来るのが、ただ幸せで、暖かくて……。


ただ何よりも、……月よりも。




* * *


『隣にいる貴方がただただ綺麗で、目を奪われてしまった』

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