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ハロウィン・ナイト・パレード

推奨閲覧時期:四章読了後

※時系列的には三章ですが、四章で明かされる教祖様の名前という名のネタバレがあります。

いつもより、一層輝く街の中、溢れるのは喧騒と、刺激的な色彩と、そして()()を被った人たち。


(思ったよりも遅くなってしまいましたわ)


もうすっかり暗くなり、金色の月が見下ろす夜の街の中に一人佇む私、淡海真夏は己の予定の誤算を恨めしく思った。


(まさか、この書物を受け取るだけのことにこんなに時間がかかるだなんて)


ただきっかけは何となく題名を聞いただけの一冊の本を今になって思い出し、気になっただけだったのだ。

しかしその本はなかなか手に入らず、国立図書館の書庫にのみ置いてあるというので、貸し出し申請を出したのが二週間前。


そして今日、やっと貸し出しの準備が出来たとの知らせを受けたため、何もない日だからと外出して来たのが数時間前のこと。


学園を出たのはかなり早い時間のことだったし、何事もなければ余裕を持って寮門閉鎖時刻に間に合う算段ではあったが「念の為」といってもらっておいた夜間外出許可証が効力を発揮することになるとは全く思っていなかったものである。


(……思えば今日はハロウィンでしたわね)


私にとって、最大の誤算はハロウィンを忘れていたことだと言えよう。

そのせいかどうか、因果関係がハッキリ証明出来るものはないが、何故だか今日に限ってここに来るまでの道は混むし、図書館の職員はやけに休みが多かったものである。


ハロウィンといえばかなり大きなイベントであるため、子供のいる職員なんかはその子供たちのために休みを取ったりしたのだろうか、なんて勝手な憶測を繰り広げながら私は人をかき分けて学園までの道のりを歩き出す。


踏み締めた一歩の音がこんなにも無機質に聞こえてしまうのは、誰も悪くはないのに感じてしまう、このなんとも言えない不服な気分からだろうか。


別に図書館に時間がかかってしまったことに苛立っているわけでもなければ、こんな時間になっても寮に帰っていないことをいうほど気に病んでるわけでもない。

それよりどちらかというと――――


(……出来ることならば、祭りの場になんて出くわしたくなかった)


私の胸に何かを詰まらせるのは、ハロウィンという行事の方だった。

いや、ハロウィンというよりも祭り。更に言うなら人の群れが、私に微妙な心境をもたらすのだ。


行き交う人たちが皆被っている仮面。みんな、とは誇張表現の様でありながらも事実なのだ。


もちろんハロウィンだからといってみんながみんな仮装用の仮面を付けている、というわけでは勿論ない。


…………しかし、私には見えてしまうのだ。


人々の中にある仮面の裏側の思考が。それを隠すために作られた仮面(えがお)が。


祭りのような、様々な行事を心の底から楽しむ人というのは実は少ない。


仲睦まじそうに恋人と街を巡る人も、その視線、言葉一つひとつが「恋人がいる自分」の存在を一番に愛していることを伝えている。

幼い子供を連れ、家族みんなで街を回る一行だって、両親の疲れ切った表情、重そうに引きずる体、全てが「早く家に帰りたい」という事を表してしまうのだ。


…………わかっているのだ、わかっている。その面倒くささがありながらも付き合って、笑ってくれる、それこそが理想的な両親の在り方で、とても尊いものなのだと。


でも、そんなに疲れ切った表情、相手を思っている様に見せかけた行動、それら思考を見せるのなら、いっそのことついてきて欲しくなんてなかった、だなんて。


無理を言って家族全員で揃って街へ出かけたというのに苦い思い出となった、あの日は未だに脳裏に焼き付いて離れない。


あの日の自分は、人を傷つけないために作られる、優しい嘘に対して機嫌を損ねて絶望してしまうくらいには、あまりに幼かった。


(……はぁ…………こんなお祭りに来てしまったから、こんなこと思い出してしまったんだわ)


最近は、かなり折り合いがつけられていた方だと自分でも自負していたくらいだ。


人はみんな、少なからず黒い感情を抱える。けれど、それで人を傷つけない様に、みんな仮面を被って優しい嘘をつくのだ。


勿論その優しい嘘だけではないにしろ、人間の社会とはそうして人との軋轢を最大限回避しながらより良い暮らしを追求して生きてきたのだと。


それならば、その優しい嘘は認めて然るべきで、別に不満なんて感じなくてもいいのだ、と心の中では提唱して言い聞かせていた。


(…………でも、やっぱり心から楽しんで、思うがままに自己を表現してくれる……そんな人がいたならば)


その後に続く言葉を、思考の中であれ、紡ぎきれないまま、私は足元に掠った柔らかい布の感触に不意に顔を上げた。すると――


「りーちゃんおいてくよ!」

「やだよー!!というよりゆみちゃんが早いんだよ」

「あはははは!!」

「お前もっとキリキリ歩けばかっこいいよ」

「いーんだよ、楽しく歩けば!!」


会話になっているのかいないのか、拙い会話を交わしつつ、どこかから聞こえる音楽に合わせて私の目の前を横断する様に列を成して歩いていく子供たちを見た。


その子供たちは、目が覚める様な色彩の衣装に、可愛らしい小道具、そしてちょこちょこと歩みを進めるその様子、全てが可愛らしいながらパレードとして成り立ついい様子だったといえよう。


しかし何より――――


「楽し、そう」


みんな、一切の汚れがなく純粋に楽しんでいる事がひしひしと伝わる。笑顔の輝かしさ、弾む声。


夜の不安定な空気感も、夜に罪悪感も恐怖も感じずに歩く、その一直線な感情に見惚れて見惚れて、そして再びはっ、と前を向いた時、いつの間にか姿形の見えなくなっていたパレードに私は首を傾げた。


何故、こんな時間に保護者の様子も見えない子供たちがパレードをしていたのだろう?

そして、人間としてあるまじき、喜び以外の感情が欠落していたあの様子は、見惚れるほどに輝かしかったが、今になると不思議さが目立って不気味にも思えてきてしまう。


ハロウィン、それすなわち黄泉還りと呼ばれることもある、死者と生者の境界が曖昧になる一日。


もしかしてあの子達は――――


「………………やっぱり、色んな感情を混ぜた、二面性があって、不確かな存在こそが人間。ですわね」


もしかすると「そう」だったのかも知れない可能性に私は苦笑し、実感した。


あぁ、やっぱり私が求める様な「完璧」はありふれたものではないのだと。


『ひやぁぁぁぁライぃぃぃぃぃ!?』


どこかから聞こえた叫び声。

あぁ、今日は珍しく思い出に引っ張られてしまっただけで、もっと視野を広げてみれば案外ちゃんと祭りを楽しんでる人もいるのかもしれない。


私はそんな事を思いながら、さっきまで重かった体を今度はなめらかに、軽やかに動かすと、前を向いてはまた一歩と歩みを進めた。


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