嘘と狂気の宴【4】
「食い荒らされたような遺体。しかし、首を絞められているという人の手も加わったような犯行。
今の話を踏まえて、この事件の犯人を推測するのなら犯人は人狼。 …………そう、いうほかありません」
峰さんは犯人に対しての結論を、静かに締めくくる。
その言葉の意味、一語一句はちゃんと理解できているはずなのに、私、月乃玲明の頭の中では「どうしたら」「今後どうすればいいのか」と、色々なことが巡って、話をすとんと受け入れられない。
だが、それは私だけではないらしく、皆、何とも言えない顔で、過ぎ行く沈黙に耐えている。
(人狼…………その存在が、本当だとするのなら私たちを脅かす存在であることに間違いはない。けれど知性があるのなら、何の目的で人を殺すの…………?)
焦りの中でふと生まれた疑問を、峰さんに問いかける。
「…………峰さん。仮にその人狼という存在が本当にいたとして、その存在の目的は何なのでしょうか。人を騙る知性があるのなら、交渉をすることも可能かと思うのですが…………」
「それは僕も思いました」
沈黙を破った私の声に重なり、私の幼馴染である華道のあが声を上げた。
「今回、人を殺すという行動に出て、私たちの生活を脅かしたものとはいえ、最悪交渉をして、これ以上村の被害が出る前に何とかすることも出来なくはないとおもいます。ただ、その人狼に呪われた人間はどこにいるかもわからないので捜索する手間はかかるかと思いますが…………」
のあも私と同じような意見を持っており、峰さんに思ったことを提案した。
「……いや、それはおそらく無理でしょう」
しかし、峰さんは首を横に振ると、否定の理由を述べる。
「人狼の目的は、ただ人間を食らい、己が生き延びること。……人間は、人狼にとって替えの利かない食料でしかないのです。
「生きるため」という生存本能を、交渉ごときでどうにかすることはできません」
そして、とこれだけで話は終わりではないらしく、更に重々しい顔をして、峰さんは言葉をつづけた。
「はっきりとは言っていなかったので、半ば現実逃避のような形で誤解される方も多いかと思いますが、人狼の呪いの対象は、毎度決まってこの村の人間です。……そして、ここにいるのは雷山さんを除くすべての村民。
毎度、人狼の発生のたびに人狼は二名以上現れ出ていることから考えるのなら――――」
「――――雷山さんが人狼であれ人間であれ、少なくともこの場に一名は、人狼がいる」
『…………!?』
……私も含めた皆。おそらくのあだって、薄々は気づいていたのだろう。ただ信じたくなかっただけで。
「まだ、この場にいる人狼は、自分が人狼だという意識はないのでしょう。しかし、もうあと数時間後には人狼も完全となり、完全となった人狼同士は徒党を組んで、協力しだす。…………人間側が何もしなければ何もしないだけ、ただ食われていくだけなのです」
皆が信じたくないのであろう残酷な話だが、峰さんは出来るだけ平静を取り繕って淡々と情報をまとめた。
「そんな、絶望的な状況、どうしたら………………」
思わず零れてしまったのであろう言葉に、その言葉を紡いだ白杜さんは、はっと口を押えた。
しかし、峰さんはその言葉に、重々しくうなずいて、その思いを肯定すると、新たなことを話し出す。
「白杜さんの言う通り、この状況に絶望する気持ちもわかります。……このままでは、人間はなすすべなく食われるのが事実ですから。
しかし――――それを打開する手段が、書物には残されていました」
その言葉に、皆が反応を示す…………しかし、峰さんの表情は晴れないまま。
「その方法とは…………毎日、昼に会議を行い人狼と思わしき人物を、処刑していくのです」
『な――――」
希望の光に、顔を上げた全員が絶句し、顔には苦悶の表情を浮かべた。
そんな中でも、峰さんは説明をやめない。
「人狼の身体能力が向上し、人を殺すのは、毎回決まり決まって夜。昼間であれば、その身体能力は九割がた落ちますから、人狼とそれ以外の存在の数が、同数にでもならない限り、村人全員と人狼二、三名で全面勝負をすれば、村人が勝てないこともないのです」
「しかし――人狼はそんな危ない勝負をするよりも、夜を待つ方が圧倒的にリスクが少ない……というわけで、昼間の人狼は人に扮し、人狼としての力を使うことはありません」
「昼間の人狼は、ほぼ、人間と変わらない…………?」
誰かのつぶやきに、峰さんは、頷く。
「その通り、昼間の人狼ならば人間と同じ方法で殺すことができる」
その言葉に私は思わず声を上げた。
「でも、だからと言って、怪しい人を殺すだなんて確証のないことをしたら、罪のない村人も殺してしまうことになりかねませんし、今まで一緒に暮らしてきた皆さんの中の誰かを殺すなんて……」
「それは、十分承知です。でも、これ以外に方法はないのも事実です」
峰さんがそう言葉を放ったところで、私の隣にあたる席に座るのあが、言葉を紡ぐ。
「……れい、この中に人狼がいるというのならしょうがないことなんだよ。もう、人狼は元の人間と同じ存在だと思わずに、諦めてこの方法を選ぶしかない」
のあは、私に向けていっただけであろうが、その言葉をきいた他の村民も、痛そうな顔をして覚悟を決めた。
「…………それでは皆さん、人狼は処刑する、という方向で、話を進めてもよろしいでしょうか」
峰さんが、確認の言葉を問いかける。
しかし、私も含めた村民全員は、何も言わないまま。
肯定するような言葉も言わなければ、異論も言わない。
しかし、それが、私たちに出来る最大の肯定で、苦渋の決断だと、峰さんはわかっていた。