嘘と狂気の宴【3】
「――普通、獣の仕業だと思うところを、犯人がいると判断した理由。それは、なんなのでしょうか?」
ライの問いかけに対して、峰さんは一度、苦虫を噛み潰したような顔をすると、ぽつりぽつりと言葉を吐き出す。
「……それについては、後で説明を入れようかと思っていたところ。ですが大多数の方が気になっているようですので、今からそちらについての返答、かつ「信じられないようなこと」も交えた説明をさせていただきます」
峰さんからのその返答にライも口を閉ざし私、月乃玲明やほかの村民と同じように聞き役に回る。
「まず、女性の遺体と血の散らばり具合から、あの場所にて食い荒らされたことに間違いはありません。しかし、ライさんの言ったように「わざと」あの場所で食い荒らしただけで、殺害はほかの場所で行われた可能性も十分にあります」
早速告げられる一つ目の問の答えに、皆が息を呑む。
「というより、他の場所で首を絞めてからあの場所にはこばれてきたのでしょう。遺体の首元には人間の手によって首を絞められたのだと思われる痕があり、白杜さんが見たところによると、おそらく出血するよりも先に、絞殺されていたようです」
「…………口をはさんで申し訳ないが、そうなると犯人は男性、っつーことになんのか?」
取り合えず一つ目の問に対する答えが出たところで、一条さんが声を上げた。
「女性の首を絞められる、かつ運べるとなるとそこそこ力のある男性じゃないと、力の問題的に厳しいはずだ。
もし仮に犯人が女性だとしても少なくとも二人は必要になるだろうし、二人でこそこそしていたら、さすがに誰かが気づくことになるだろ?」
今のところ与えられた情報から犯人の情報を推測する一条さん。その考察を聞いて、私は確かに。と納得したのだが…………。
「…………普通の状況であったのなら、その考察はなかなかいい線を行くものとなるでしょう。
ですが、今回のケースになるとその理論から犯人の推測をすることはできません」
峰さん曰く「今回それは通じない」らしい。
「その、今回のケース……っつうのは?」
おそらくみんなが気になったであろうことを一条さんが代弁して尋ねると、峰さんは一条さんに答えるだけでなくちゃんとみんなにも聞こえるように声を張って言った。
「数百年に一度起こるこの村の異常事態。――人狼の出現です」
『人狼…………』
聞き馴染みのないその言葉に、何人かが繰り返してその単語を呟く。
「これは、もう書物にしか伝わらない現実味のないお伽話じみた伝承」
そう言って、峰さんは古い物語を暗唱しだす。
『数百年に一度、ふとした夜に人狼は芽吹く。人狼、それすなわち人に紛れ、人を害す獣の呪い。
呪いの芽吹いた人間は、翌日の正午に呪いが花開き、人と獣の混在する化け物へとなり果てる』
「そして、抽象的な表現を読み解いて、この伝承を訳すとするのなら……」
『数百年に一度、突然、人狼は表れでる。人狼というのは獣が人に扮して人を害す、呪いのような存在。
そしてその呪いは、人間に刻まれ、翌日の正午になると完全に人狼という存在になり果てる』
「……そんなところになるでしょうか」
峰さんの訳してくれた言葉で、ある程度は理解ができたが、まだいまいちつかめない部分も多い。
先ほどまでは、誰かが聞いた質問で私の問も解消されていたが、今回は誰も、質問する様子がなかったため今回は思い切って自分で聞こうと口を開く。
「…………すみません、翌日の正午になると、完全に人狼になる、というお話ですが、芽吹いた時と何が違うのでしょうか……?」
突然口を開いた私に、視線が集まる。
「確かにこの一説を聞いただけではわかりにくい話ですよね。訳しても抽象的なところは多いですし」
そして私の問に峰さんはそう前置きをして返答を返してくれた。
「今話したもの以外にも私が他の資料等と重ね合わせて考えた推測ではありますが、一番初めに人狼が人を殺すとき……。つまり、呪いが芽吹くその当時、呪いを負った人間にはっきりとした意識はなく、自身でも人を殺したことがわからない状態」
その言葉にギョッとしながらも、私は返答を聞き漏らさないように黙って話を聞く。
「……しかし、その翌日。呪いが花開くときになると、人狼の呪いと自分の体は完全に融合し、その人は人狼の身体能力も持ち合わせた、完全な人狼になる、という話なのではないかと」
「人狼の、身体能力……ですか?」
新たに加えられた情報に、私は首を傾げて、聞き返す。
「そう。人狼の身体能力。…………この話は、ライさんの二つ目の問いの答えでもあり、一条さんにいったことの答えでもある」
まだ、答えの出ていなかった問いに対しての答えだ、といい峰さんは再び口を開く。
「人狼の呪いは、精神だけでなく、肉体にも現れるとの記述がありました。完全な人狼と化した村人は、強い筋力、脚力、そして一時的ではありますが――鋭い牙を持つようになる」
その言葉に、ライを始めとしたみんなが目を見開いた。
「…………皆さんの表情を見る感じ、大方の人は話が繋がったみたいですね」
辺りをぐるっと見回した峰さんは、静かに話をまとめ出す。