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嘘つきで優しい人

「ねぇ、れい。一条先輩犬飼ったらしいよ」


ある暖かな春の昼下がり、学園の廊下を歩く私、月乃玲明とのあは他愛もない会話交わす。


「へーそうなんですか。あの先輩犬とか動物にはまぁ優しそうですよね」

「実家のほうにも、自分の家で飼っているわけじゃないけど近所のなじみの家が犬を飼ってるとかで親しみがあるらしいよ」

「初耳でした。それにしても何の犬種飼うんでしょう?犬種によっては中飼いが難しい子もいますし、外飼いは外飼いで変えるスペースが――……」


一条先輩が飼い始めるという犬をテーマに会話し、真剣に思考を巡らせていた私だが、ふと「学園で犬は飼えただろうか?」と根本的な疑問が頭に浮かんできた。

何かがおかしいことに首を傾げ、頭に疑問符を浮かべながらのあを見るといつもと変わらぬ表情に見えてその口元は少しだけ上がっていることに気が付く。


「…………のあ、学園の寮でペットって飼育できましたっけ」

「できないね。いつだったか学園で猫を見かけたときにも言ってたことだけど――」


私は多分、相当珍妙な顔をしてのあを見ていたのだろう。のあは思わず吹き出して笑うといたずらっ子の笑みを浮かべてこちらを見た。……といっても私当人はのあやほかの人からよく向けられる「なんてやつだ」という抗議の視線を向けていたつもりだったのだが。


「れい、きょう何月何日?」

「四月一日…………あ」


私は今日が何の日であったかを完全に思い出し、固まった。

今日は、アレだ。一日嘘をつきまくる悪魔のようなイベント、エイプリルフール。


「れいにしては珍しくちゃんと知ってたね」

「えぇ、かなり前ですが確かバレンタインデーのあたりでミアから年中行事を一通り聞いたんです。そのときにエイプリルフールだなんていう悪魔の行事の話もしていたなーと」

「恨みがすごい」


それはそうだろう、という心からの恨めしさを視線やら行動やら、全身で表現したのだがのあはものともせずまた笑っていた。解せぬ。


「まーまー、ごめんって。もう満足したし今から嘘はつかないから」

「なんかそれ、一見したらお詫びしてるように聞こえますけど嘘つかないだけで別に何か聞いたとて本当のことを話すつもりはないっていうのあの常套手段ですよね」

「なんか今日れい怒ってる?火力高くない?」

「怒ってはいませんとも。えぇ。ただ解せないなーって不機嫌なだけで」


それ怒ってるじゃん……と呻いたのあの方を向かずにすたすた歩いていたらようやっと私の恨めしさが伝わったのか、ため息をついたのあが折れた。


「……わかった。お詫びとして一つだけなんでも本当にちゃんと答える」

「本当に?」

「本当。これがエイプリルフールの嘘でしたってのは流石になんかな、って僕でも思うし」

「珍しい……」

「れいのご機嫌を損ねるのは僕にとっても不本意って話。これでお詫びになるなら安いものだと思って」


のあが折れるだなんて珍しい。しかもなんでも一つ本当に答えるだなんて言質まで取れるだなんて本当に珍しいこともあったものである、と私は目を見開いた。

こんな機会が与えられるだなんて、悪魔の行事と呼んでいたエイプリルフールも悪くないものである。


「あぁ、ただ何をどれだけ聞いてもいいけど色々聞いた場合、どれに対して真実で答えるかは僕が決めるから気を付けて」

「……つまり変な質問が混ざるとそれで権利消費してしまう可能性があるってことですね」

「そゆこと」


やっぱり悪魔の行事かもしれない。のあの言い分曰く私が本当に聞きたいことを聞く前に「資料はどこにありますか?」的な事務の質問をしたらその回答で質問権が切れてしまう可能性があるということである。……となるとやはり慎重に考えて本当に聞きたいことを聞くまでむやみに疑問形で投げかけないのが吉である。


「わ……かりました。いいですよ、そのルールで」


気を付けないとうっかり自爆しそうだな……なんて思いながらも了承する以外の道はなく、私はのあの出した条件にうなずいた。


* * *


「……お前らなにやってんだ?」


のあと約束を交わしてから数十分後。いつものように雑談しながら生徒会室で書類を裁いていた私に一条先輩が怪訝な顔で尋ねた。


「……?特に何もありませんよ?」

「あんだけぎこちない会話しててなにもないことはないだろ」

「あー……」


自分では何もないつもりだったが、一条先輩から見て珍妙だというのなら思い当たらない節がないとはとてもじゃないけれど言えない。

思い出されたのはここ数分の会話の数々――


『あ、れい。そういえばまたおいしいって評判のカフェ聞いたから今度付き合ってくれない?』

『もちろんです!!この前行ったとこではパンケーキ食べてましたけど、次行くとこではなにが食べたいです……あ!?やっぱなしで!!』

『…………わかった』


『のあ、ここの文面うまく決まらないんですけどこのいいまわしだと違和感ありますよね?』

『ん?あー、これは――』

『あ!!!ちょっと待ってください!自分で考えます!!』

『……そう?』


……思い返せば思い返すほど、自分の挙動不審さに悲しくなってきた。

のあに何か疑問を投げかけようとしてはその度に打ち消してわーわーわめいては、のあがその行動の意図するところを正確に捉えて爆笑していたのだが、今さっき来たばかりの一条先輩は私たちの事情を知るはずもないのでたいそう奇妙な光景に映ったことだろう。


「……なんでも華道書記が月乃会計に盛大に嘘ついたとかでそのお詫びに、なんでも一つ月乃会計からの質問に本当のことを答えるという約束をしたようで」

「へー、だから質問無駄に消費しないようにこうなったわけか」


流石一条先輩、無駄に理解力が高い。


貴族社会(ここ)にいるとエイプリルフール関係なく年中無休で嘘にまみれてるからな。単純に嘘つきあうより面白いんじゃないか?」

「さらっと闇深いこと言わないでくださいよ」

「まー、何はともあれ頑張れよ。華道からの言質なんて取ろうと思ってそう簡単に取れるものじゃないんだから」

「一条先輩も僕のことなんだと思ってるんだか……」


一番疑問だった部分を聞けて満足したのか一条先輩は資料の整理など業務に戻り、軽く手を動かしながら会話を続行した。


「それにしても一つだけ本当のことを言うっていいな。質問受ける側が不利に見えて、やりようによっては受ける側にもだいぶ利がある」

「例えば?」

「誘導して質問乱発させてどれが本当かわからなくした上で自分の悪事だとか気がかりを話すとか。自分の罪悪感を消せてよくないか?」

「それで後悔の懺悔するの本当にいい性格してると思います。流石、先輩」

「お前それどういう意味合いで言ってる?」


「誰にも吐き出したい数多の後悔くらいあるだろうが」だなんてぼやく一条先輩をおちょくるのあは、とてもいい笑顔をしていた。

でも……逆にその笑顔を見たからこそ、思ってしまった。


のあにも、消せない後悔があったりするのだろうかと。


その疑問が、流れるように口をついて出てしまったのは一瞬だった。


「……のあには。今でもずっと反芻してしまうような、ずっと消せない……そんな後悔がありますか?」


のあはこの質問を聞いた時に何を思ったのか。それすら読みとらせないくらい短い時間の合間、蒼い瞳でさっと私を一瞥するとのあは答えた。


「人生なんて後悔だらけだよ。逆に後悔で回るくらいじゃない?」

「私にも、後悔ってあったんでしょうか?」

「全くないって人の方が珍しいだろうかられいにもあったかもね。僕もすべてがわかるわけじゃないから断言はしないけど」

「そうですか……」


質問の答えが返ってきてひと段落した。そう思った後の一瞬、気づく。


「っあああああ!?うわ!?私今質問権使いましたよね!?」

「使ったね。しかも二つ質問してた」

「うぅぅぅぅあぁぁぁぁぁどっちもそれっぽいですけど、どっちが本当です?」

「ルール上答えられないかな」

「わあああああああ」


もっとなにか考えて使おうと思っていた権を意図せず使ってしまった。

別に聞いたことを後悔はしないけれど。だが何かほかにも聞きたいことは多分あった……と、質問権を失って初めてそのプレミア感を実感した。


「これが惜しむという気持ちですか……」

「知れてよかったね?……いやよかったのか僕には判断つかないけど……」


のあを含め、生徒会の先輩たちも苦笑してあきれた笑いを浮かべていた。


それからは質問権も使い切ってしまったためなんの躊躇もなくいつものように他愛無い会話の中で、質問を投げかけて答えて。そうして時間は流れ、先輩たちも先に上がった二人だけの生徒会室。


「のあ、あれ結局どっちが本当だったんですか?」

「ルール違反だから答えられない」


やはり答えては貰えなかった、が私の中に漠然と答えはあった。


「…………どっちも?」


のあは少しだけ目を見開いて、しかし一瞬でいつもと変わらぬ表情に戻ると微笑を浮かべた。


「さぁ?僕が契約の規定を超えて二つとも正直に答えるお人よしだと思えるなられいの仮説でいいんじゃない?」


その微笑は、廊下で見せたように意地が悪い笑みのようで、心の底から自分のことを嫌っている自嘲の笑みでもある気がした。

言葉も相まって「お人よし」なんかじゃない自分を嗤っているように思えて仕方がなかった。


「そうですか」


やっぱり、のあのことはよく解らない、と思った。あまりに嘘が巧みすぎて、私に見せる光の部分が強すぎて。その裏にある部分がなかなか見えてこない。

のあが作った表面の部分だけを見せられて、その裏をみようとしても見事に掌の上で転がされている私はまだ、のあの一割のことでさえもきっと理解はできていない。


でも、それがどうだっていいと思えるくらいに優しい人だと思った。

できることなら苦しまないでほしい。


何を根拠にそう思ったかなんて説明はつかないし、のあを理解するにはまだまだ足りないことが多すぎるけれど。

いつかはわかりたい。教えてほしい。知りたい。

嘘で繕わない、ありのままの華道のあを。


まだ、よくわからない幼馴染の言葉に思いを馳せ、私は漠然とそう思った。

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