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女子(たちのお茶を語る)会【2】

「…………すみません、唐突に押しかけてしまって」


勧められるがまま席につき私、白杜留紀と隣り合わせの位置で風夜さんは申し訳なさそうに呟く。


「いえいえ、全然。お気になさらないで下さい」


対して、歌うような上機嫌さを滲ませて返答を返すのは、私の向かい側に座る、ある意味このお茶会の主催者とも呼べる、雷山ミアさん。


「玲明から聞いていたと思うのですが、私達二人に対してこの部屋は広すぎるくらいだったので、風夜様と白杜様、お二人が来てくださって丁度良かったのです」


私たちが気に病まないよう気遣って、優しい言葉をかけるだけでなく、直接言葉を交わした訳ではない私の方にまで、にこやかな笑みを向けてくれた。そして。


「…………ミア、今更なんですけど、女子会って何をする場なんですか?」


ちゃっかりクッキーを頬張りながら、雷山さんに質問を投げかける、私の斜め前に座る月乃ちゃん。


私はぼーっと、同じお茶会の席に着いた三人を見回した。


「よくぞ聞いてくれたわね!どうせ玲明のことだからわかっていないとは思っていたけれど、今回は逆に変な先入観を持たれるより好都合だったわ。

女子会はね…………ズバリ、大半が恋バナをするために開かれるのよ!」

「恋バナ……ですか」


純粋無垢な目で雷山さんを見る月乃ちゃん。


きらっと、目を輝かせる雷山さん。


…………これ、月乃ちゃんが餌食になるパターンでは?


「と、いうわけで何か面白い話、あるなら聞かせて頂戴?」

「えっ、え……?」


やっぱりそうだった。


というよりそもそも、当初の予定ではこの二人でお茶会を開く予定だったのだから、月乃ちゃんが餌食になるのは言わずもがなだったか…………。


(可哀そう、な気もする、けど…………)


「私も気になるわ」


月乃ちゃんが裏切られたとでも言いたげな、悲痛な顔をしてこちらを見た。


ごめん、本当にごめんと思う気持ちもある。

あるのだけれど、正直なところ、結構気になるのだ。


「実体験でも、好みの人の話でもなんでもいいから、何かないかしら?」

「白杜先輩まで…………」


悲痛な顔をしながらも、逃げられないと覚悟を決めたようで、ぐっと顔をしかめるとこちらに問いかけた。


「好みの人、ですか?」

『そう、それ』


私たち二人からの食いつくような返事にぎょっとしながら月乃ちゃんは思案する。


「うーん、えぇっと……恋をしたことがないのでわかりませんが、多分、優しい人は好きだと思います」

「優しい人、ねぇ…………」


ちょっと抽象的だな、もっと掘り下げられないかな、なんて思っているうちに、雷山さんがそこのところを掘り下げてくれた。


「具体的に、玲明はどういうのが「優しい」だと思うの?」

「えー…………」


思わずグッジョブ雷山さん、と言いたくなった。


「荷物を持ってくれるのも、優しい、だと思いますし、いつもそばにいてくれるのも優しい、だと思います」


お、素晴らしき返答。


自分なりの優しいを語っていて、こんな人が好みだという情報も引き出せている。


確実に深堀りはできているはずなのに……。


「…………なんか、恋愛系っぽくてちょっと違うような」

「白杜様、奇遇ですね。私も判断に迷っています」


なんかこう、ドキって感じではない。


「えぇーっと、なんかもっと、こう…………」


もっと恋愛っぽい何かを掘り下げたいなとは思うのに、何を聞いて引き出せばいいのか、私には浮かばい。


(なんていえば…………)


あれこれ考えだす私と雷山さんだったが、思わぬところから、援護射撃が飛んできた。


「…………月乃会計。こんな人にならドキッとする、とかこんなことにドキッとした、とか。

そういうことを語ってみてください」


いつもと変わらぬ冷静な表情、かつ声音で、今までお茶を堪能していた風夜さんが、そんな言葉を投げかけた。


「……恋愛の線には触れないかもしれませんよ?」

「大丈夫です」

「うーん、それなら……」


しかし風夜さんは、冷静沈着でいつもと変わらぬ言葉を投げかけているようで、月乃ちゃんに合わせた言葉を選んでいたようだ。


「まず、ドキっとする人といったら……見た目とか、普段の生活からじゃ全然わからないし、それどころか力はない方に見えるのに、実は結構力があったりする人、ですかね?」


風夜さんの言葉は、月乃ちゃんの恋愛事情を見事に引き出した。


「へぇ……。どんなところでそれを実感したんですか?」

「前、疲労で倒れた時にのあが運んでくれたんですけど、のあ、意外と力あったんだなーって。

ただ単にびっくりしていただけだと思うんですけど、あれは結構ドキッとしていたと思います」


すみません、恋愛話が聞きたいという期待に応えられなくて。と月乃ちゃんは申し訳なさそうな顔をしてこちらを見た。


だがしかし、私たちにとっては…………。


「…………ありがとう、風夜さん」

「すごくいいわ。とってもいい。甘い。これぞ私の求めていたもの」


半ば机に突っ伏すようにして顔を伏せた私と、向かい側でフリーズしているのであろう雷山さん。

私たち二人には、十分すぎるくらいの恋バナだった。


「…………月乃会計に恋バナを振るコツですが、月乃会計に「恋バナ」という単語を持ち出しても通じずに終わります。

……が、恋愛っぽい経験なら腐るほど体験しているのであろう人ですので、別の感情を代替として尋ねると、割とそれっぽい答えが聞けるでしょう」

「それは、盲点でした」

「腐るほどの恋愛経験なんてしていないのですが、風夜先輩の中の私のイメージって……」


声音は冷静なのに、内容が面白いことになっている「コツ」と、それに対するみんなの反応に耳を傾けていた私は、ふと幾つかの疑問が頭をよぎって体を起こす。


「風夜さんがこんな助言をするなんて、少し意外でした」

「……なんとなく、私も気になったので」


そう答える風夜さんは、くすりと笑ったように見えた。

しかし。


「…………後、これで「恋愛」もどきなんですか?」


もうほぼほぼ恋愛感情では?と思った私がそう尋ねてみると、風夜さんはすん、と無表情になって答えた。


「月乃会計は恋愛感情を理解していません。……なので、傍から見て恋愛っぽいと思おうとも本人の中にあるものは別でして。

反対側の華道書記が恋愛感情を理解しているかは知りませんが、似たようなものではないのでしょうか?

…………という感じなので、ちゃんと恋愛色を帯びた話が聞けることは当分ないかと」

「…………あれだけ異性が近くにいて、そうならないの逆に凄いですね」


私は私で苦笑しながらそう答える。


「私も全く以て同感です。距離の近さというものは自ずと心の距離も近づけるものですからね」


風夜さんも、無表情から少し苦笑をにじませたような顔になった、かと思うと。


「あぁ、そういえば、一条庶務とはどうでしょうか?」

「えっ」


唐突に、すんとしたいつもの表情ながらすこしいじが悪い、揶揄うような声音をした風夜さんは言った。


「毎日、完全下校時刻前の十五分間だけも、といって生徒会の業務が終わるなり即座に図書室に向かう一条庶務を見かけるものでして」

「えっと、あ、え」


超高速で頭の中をよぎるのは、いつも飄々としながら図書室に現れ出る悠里のことだった。


(もしかして、いつも、急いで来て…………)


いらぬ想像で、心臓がばくんばくんしだす。


「その様子ですと、上手くいってるようですね」

「いや、あの、え、えっと…………」


これ、今度は私が餌食になる番ではなかろうかと、震えながら風夜さんを見る。

…………しかし、それと同時に。


「ねぇ、玲明。他は?」

「えーっと、劇の時の、なんか唇同士が触れ合うくらいの距離にあったあれも、ドキっとしましたね。多分気のせいだとは――――」

『………………うん?』


思わず月乃ちゃんと雷山さんの方から聞こえてきた爆弾発言に、私も風夜さんも、聞いていた本人である雷山さんも、みんなが一瞬固まる。


「いや、他意はなくて、恋人に見せるための演出の一環だったんですけど…………」

「おっとぉ…………?」

「これは…………」

「月乃会計………………」


そして、更に追加で話された、その後の状況にみんながうめき声を漏らし、その後みんなで詰め寄ることとなった。


そうして私はなんとか危機を逃れることができた。……はずだった。


* * *


「お茶、おいしい」


片言で呟きながらお茶をすする玲明。


「まさか本当にシュガーレツ帝国産だったとは…………。確かにメリト国産とは違う、渋みの強いお茶で、美味しいですね。

ミルクとの組み合わせや砂糖、お茶菓子との相性、その辺も詳しく調べてみたいですね……」


お茶の分析をしだす風夜様。


「お茶の渋みが心に響く…………。甘いのを聞くのは好きなのに、好きなのに……自分のこととなると、あぁぁぁぁぁ。

まさかあっち話が終わった後こっちにまで飛び火してまた、あの話を聞く羽目になるなんて思わないじゃない」


お茶の渋みを全力で感じる白杜様。


弱冠二名壊れかけの人たちがいるのだが、まぁ、理由については明確だし、私、雷山ミアもその理由の一員を担っているのでそっちの方はノーコメントとしておこう。


…………にしても。


「風夜様がこんなに掘り下げていくだなんて」


私の驚きに、風夜様はまたまたお茶を味わいながら平然と答えを返した。


「私も興味があったのですから。興味があることにはそれくらいするものでしょう」


本当に何の感慨もないように言ってのけるが言葉では「興味があった」といっているのがまたおもしろいな、と思う。

そして、そんなことを思いながら私はもう一つの思考を語る。


「……いつか、風夜様が恋をするようなことがあったら、やり返されそうですね」

「そんな日は来るのでしょうかね」


風夜様は、心底興味がないような、諦めたような声音で私に言葉を返す。

そんな言葉を受けて、私は一度笑った。


「さぁ?そんな日が来るのかは、誰にもわかりませんけれどね。ただ…………」


言葉を途切れさせながら、廃人と化している二人を見遣る。


「お茶、甘いのがいい……。砂糖、砂糖……あ、でも、甘いのはもう…………」

「落ち着いて、落ち着いて。甘さに恐怖を覚えることはないはずよ。甘いものは甘い。

甘いから甘い、だたそれだけ。だから、落ち着いて…………私」


そんな、しっちゃかめっちゃかで、理論もなにもあったもんじゃない勝手なお茶談義の端っこの会話を聞いた私は再び風夜様に向き直って言った。


「こんな恋バナの末に辿り着く墓場のようなこの空間の「あちら側」に、貴方がいる日が来るのなら、それはとっても面白くて平和な世界だな、と思っただけです」


私は、そんな愉快な未来を、思考の片隅に描いてみた。

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