ホワイトデーの見守り
「………………既視感ありますね」
「全くね」
「もういい加減にしてくれよって感じだわ」
再び出来た三つの箱や包みの山を見上げ、僕ら三人は呟いた。
ただ、今呟いたのは僕を含めた三人だが、他の二人もちゃんといる。
……というより山の一つはその人の机の上にある。
「この光景、去年に引き続いてやっぱり今年も見ることになりましたか」
自分の机周りを軽く整理しつつ、書類を捌き、尚且つこちらにも口を挟むという器用なことをやってのけるのは風夜先輩。
「…………去年も?」
信じられないものを聞いたような顔して尋ね返すのは言わずもがな、れい。
「……えぇ。去年なんてもっと酷かったですよ。役員の席も無駄に多かったですし、高位の家の出の方も多かったので、繋がりを持ちたい方々の熱量といったら……」
「あー、山が七つか八つ出来てたよね」
「雪崩れてきた時なんて死ぬかと思った」
流石地獄を生き抜いてきた人たち、面構えが違う。
……みんな死んだ目をして目の前の山を見つめてる。
こっちが悲しくなってくるのはなんなのだろうか。
「というか、先輩方はバレンタインの時にも貰っていませんでしたっけ」
れいは三人の表情をみて気の毒そうにしながらも、好奇心が勝ったのだろう。何故またこんなことになっているのかを問いかける。
『……………………』
三人で何とも言えないような顔をして無言のやりとりを交わした後、一条先輩が口を開く。
「いいか、よく聞いておけ。あいつらに遠慮なんてものはない。イベントなんてあったら内容も何も考えずただただ贈り物すりゃいいと思ってるやつらなんだよ」
つまりバレンタインデーだろうとホワイトデーだろうと関係ないと。
「想いのこもってない贈り物ってなんかもらってもあれだよね…………扱いにくい」
峰先輩もボソリと呟く。
「贈り物をするにしても頻度があると思います。
ここぞという時に一つもらえるだけで人間の印象はだいぶ違うと何処かの本でも読んだような」
風夜先輩も、この山々には思うところがあるらしく、ぽつりと不満らしき言葉を漏らした。
「大変ですね…………」
そして、れいはその言葉たちに対して、ちょっと困ったような顔をして、相槌を打った。
多分それは、先輩達の苦労に共感していたのだろうと思うのだけれど……なんだか、少し引っかかったような気がした。
そして、それは見事に当たることとなる。
* * *
今年のバレンタインの惨状から、今日はまともに業務がこなせる環境にないであろうことを見越して、ここ数日の業務は割り増しして分配がなされていたらしい。
…………と、いう訳で、前回とは違う、まだ夕焼けに染まり出した時間の内に生徒会の業務は切り上げられ、歩き出した僕ら。だが、歩き出してすぐに――
「のあ、のあ!」
やたらと切羽詰まったれいに袖を引かれて立ち止まることになる。
「…………えーっと、どうしたの?」
具体的ではないが、ちょっとした想像が僕の頭を駆け抜けていく。
……あ、これ多分ズレた何かを言い出す時だ、と。
先ほどちょっと浮かない顔をしていたのも気になるし何かまた思い悩んで空回りしているのではないだろうか。
(今のタイミングとするならバレンタイン時の何か?)
そうあれこれ思案しているとれいから言葉が紡がれる。
「のあは、一ヶ月前に贈り物を貰った相手に今また贈り物をもらったとして、どう思いますか?」
「………………うん?」
予想が外れた。
「何で急に………………?」
「何でもいいんです!それよりどうなんでしょうか?」
とはいえ何かに思い悩んではいそうだ。めちゃくちゃに切羽詰まっているし、僕からの問いに答える時間すら惜しいと言わんばかりの焦りよう。
「えぇっ…………うーん……」
そんな感じのれいの様子を見て、今僕がれいにできることと言ったら問いに答えることくらいか、と結論づけ、真面目に答えを考え出す。
「……もらった人は普通に嬉しいんじゃない、かな」
ぽつりと落とした言葉だがれいは真剣に耳を傾けだす。
「さっき先輩達が言ってたように、何ごともタイミングはあるだろうし、打算だけを考えて贈られたものだったら、あんまり喜べないけど、普通の贈り物ならだいたいいつ貰っても嬉しいと思う……よ?」
これでいいのかなぁ、と思いつつれいを見てみると、れいはゆるっと眉を下げて、安心し切った表情になった……かと思えば。
「…………一ヶ月前にも渡したばっかりですが。バレンタインデーの時にのあから貰った分のお返しだと思って渡させて下さい」
前と同じように、箱を渡される。
「……わー、ちょっと予想外…………」
勿論嬉しい方の、である。
「まさか二回も貰えることになるだなんて」
手にある感触を確かめるように、僕は手のひらに神経を集中させた。
ちょっと硬めな紙っぽい手触り。少しごわっとした手触りが、また心地いい。
「…………のあもあんまり多くの貰い物は嫌かなって、渡す直前になって心配になっちゃって」
俯きがちにいうれいは、照れているようにも見えた。
そんなれいを見て、僕も気恥ずかしくなりながら、れいの目線の先に別の箱を差し出す。
「…………そんなこと言い出したら僕だって同じだよ」
「……わ」
僕から差し出された箱をとって、れいは目をキラキラさせた。
「これ」
「お察しの通りだよ。……まさか、バレンタインだけじゃなくて、ホワイトデーにも送りあうことになるとは」
気恥ずかしさを覚えて、僕も視線を逸らした。
「お揃い、ですね」
「またそうやって無自覚に人を誑してく…………」
でも、ちらりと横を向けば目に入る、嬉しそうなれいを見てしまえば、否定的なことは、何も言いたくなくなってしまう。
ただ、ちょっとだけ。一言だけは、言わねばならないことがあった。
「……いつだったかれいは「れいと僕」の関係性でのルールとか言って、抱きついたことを許したでしょ」
「ありましたね。そんなこと」
「これも、それと同じ、だと思う」
れいは、ちょっと動きを止めた。
「他の人がどう思おうと、僕にとってれいからの贈り物とか、そういうものは、いつ何時だって嬉しいから、僕に対することは気兼ねなく………………」
僕のことでそんなに考えてくれていたのは嬉しいといえば、嬉しくもあるが、やっぱりれいには僕のことで悩んでほしくはないな、とも思うのだ。
「……のあも充分人誑しでは?まぁ、私ものあから貰うものは何でも嬉しいので人のこと言えませんけど」
「やっぱ貴方の無自覚には負けますよ月乃玲明さん」
そんな軽口を叩き合いながらも「最近暑いし放って置くと溶けそうだから今から食べてく?」「そうしましょうか」なんてやり取りを交わして、僕らは歩く方向を切り替えた。
…………だが、実はこの話。
ちょっとした別視点の物語があるとかないとか。
* * *
「……いいよね、ああいう心のこもった贈り物。枯れた心に染み渡る」
「遠目から見ていても暖かみを感じますね」
「青春してんなぁ…………」
二人が話をしている同時刻。少し先を歩く二人の姿を見つめる三人衆がいた。
「青春がどうのこうのいうなら、悠里くんだってこれから図書室に行くくせに」
「峰副会長に同意です。一条庶務には心の籠った贈り物をくれる相手も送る相手もいるでしょう?」
三人衆の二人は、とある一人の鞄の中に大事に包装された包みがあることを知っているのだ。
「うるっせぇ…………」
追い詰められた一人は心底嫌そうな顔をしながらも何とか怒りをおさめる。
「あーもー、俺には何のことだかわかんねぇな。
それに、何がどうであれあの距離感バグった後輩たちの青春を見て羨むのは楽しいもんだろ?」
その問いかけに、今度は二人が視線を逸らした。
「うん」
「まぁ」
『否定はできない、……ですね』
色々と面倒なしがらみに囚われる三人衆にとって、日々成長を重ねたり、自由に羽ばたいて生きたり、青春を謳歌する後輩を見守り、時に羨む時間は、意外と悪くないものなのだ。