ハロウィンと茶会
「……」
私、風夜凛は生徒会室の自分の席に座りつつ目の前の机を眺め、一人思考に耽る。
生徒会の仕事の方も私はとりあえずひと段落したため他メンバーに比べて比較的余裕がある……が。今私の頭を悩ます問題はこれだ。
『トリック・オア・トリート!こちらはちょっと余裕ないので凛くんが暇な時に届けに来てねー。あ、お菓子渡さなかった場合は容赦しないからそこのところよろしく』
『トリック・オア・トリート。右に同じく。悪戯を選ぶ場合は覚悟しとけよ?』
脅迫状じみた手紙が二枚置かれている。名前は書かれていないが、誰が書いたのかは言わずもがな。
比較的穏やかな日だと思ったのに急に目の前に爆弾を差し出された気分だ。
本当なら大人しくお菓子を渡して穏便に事を済ませたいが今、持ち歩いている菓子などない。
まさに万事休す。
あの二人は悪戯となったら加減を知らない。恐らく死ぬほど後悔する結末が待っている。流石にそれは避けたい。
「……どうしましょう」
「お嬢様、お困りでしょうか?」
音もなく隣に現れたのは長く私に仕えている気心の知れたメイドだった。
私は生徒会室や教室には入らないように指示しているため学校生活の中で共に過ごすことは少ないがこのルトリア学園では生徒一人につきニ〜五人の使用人が付くのが普通だ。
女子生徒であれば茶会などの準備も使用人に任せたり、移動教室の際の荷物を使用人に持たせたりもするため校舎の中でも使用人の姿は割と見かける。
普段ならば主人から声をかけられない限り使用人は姿を見せないが、付き合いの長いこのメイドは、このただならぬ状況を察してか声をかけて来てくれたようだ。
「ハロウィンだからか菓子を催促されたのですけれど今、すぐに渡せるような個包装の菓子などないので……」
「申し訳ございません。用意しておくべきでした」
「いえ、いいのです。急なことなのですから」
「……お嬢様、提案があるのですが」
「どんな提案でしょうか?」
ヒソヒソとメイドから耳打ちされる。
「……なるほど、いい案ですね。――やりましょう」
たまにはそんなのも良いな、と思いながらメイドに準備をするよう指示を出す。
私も私で準備をしようと椅子から立ち上がると生徒会室を後にした。
* * *
こつ、こつと廊下を進む。
もうほぼ暗くなったこの時間は多くの生徒が寮へと帰っている。月乃会計と、華道書記も今日の仕事は終えたためもう帰ったよう。
「おっと、凛くんだ。悠里くーん!凛くんが来たよー」
「おぉ、会長。菓子は持って来たか?」
悪い顔で立ちはだかるのは同じ生徒会役員――そして、手紙を書いた二人である峰副会長と一条庶務だ。
「すぐに渡せるような菓子は用意できませんでした――が」
二人に茶々を入れる隙を与えず次の言葉を紡ぐ。
「折衷案を用意したので。……着いて来てください」
『えぇ?』
生徒会室や、現在地のあった四階を降り、三階へと向かう。
少しだけ後ろを振り返ると後ろには何が何だかわからない様子で渋々ついてくる二人の姿がある。
「なぁ、どこ行くんだよ」
「黙秘します」
「折衷案って?」
「ほら、もう着きますよ」
そう言って私は足を止める。暗闇の中、一つだけ明かりのつくその部屋は――
「……サロン?」
「茶器やらケーキやらスコーンやら用意されてるが茶会でも開くのかよ?」
「ご明細です。折衷案として――二人を茶会に招待しようかと」
二人が揃ってぽかん、と口を開ける。こんなものが出されるとは思っても見なかったというような顔だ。
「……茶会ねぇ。たまにはそういうのも楽しいかもね」
そう言って峰副会長が席に着く。
「まぁ、予想とは違うけど一応菓子だからな。菓子が振る舞われるんだし食ってく」
そう言って続いて一条庶務も席に着く。
一条庶務が席に着いたとき、峰副会長があ、と声を上げた。
「どうしましたか?」
「……悠里くん、あれどうしよっか」
「あー……もう今渡すか」
二人で内緒話になっていない内緒話をした後、二人から小包を渡される。
『ハッピーハロウィン』
「僕からはクッキー」
「俺からはチョコ」
二人なりに私にもハロウィンを味わせてくれようとしたのだろうか。
「……強引なのは今度からどうにかしてください」
「強硬手段にでないと仕事から離れねぇ会長が悪い」
全く。強引でいい加減で……いい仕事仲間だ。
「二人とも、ありがとうございます」
「おうよ」
「いえいえ」
「とりあえず学校にサロンを使わせてもらうとだけは言っておいたので、たまには無礼講で茶会でも楽しみましょう」
最後の私が席に着くとそばに控えていた使用人達がお茶を注ぎ出す。それに合わせて各々菓子を食べ出す。
一条庶務なんかは普段あんなに乱雑な口調なのに、やっぱり上流階級を思わせる素晴らしい所作でケーキを口に詰め込んでいた。……でもちょっと気が抜けているのか口元にクリームがついている。
峰副会長もサクサクとスコーンを頬張っているようだった。なんだかお腹が空いて来たような気がした私も客人のもてなしなどほっぽってタルトを食べる。
「あ!悠里くんずるい。僕が食べようと思ってたケーキ!」
「うるせぇ!こういう時は早いもん勝ちだ!」
果実の様な、瑞々しく甘酸っぱいようなお茶の香りが鼻腔を抜けていくのを感じながら、私はお茶をすすった。
「まだ、おかわりはありますよ」
まだやいやい言い合う、周りのうるさいような、賑やかな声を聞きつつたまには悪くないものだな、と一人胸中で言ちながら私はぽっかり月の浮かんだ夜空を見上げた。