低血圧と焦げた肉
彼ら、いつの間にかどっかの国に行っていたようです。
ピチピチと小鳥がさえずる平和な自然豊かな森。否、ジャングルの中。
やたらと目立つ馬車があった。
所々、切ってつけました。と言った皮がついたままの木で補修され、染み込んだ血のサービス付き。
様々の葉っぱ至る所に干すように吊るされている。
そこから一人の茶髪の男がボロいピッケルを手に、眠そうに出て来た。
彼こそがレイス・カーネバル。
1文字変えたら何だか賑やかそうなファミリーネームを持つ、我らが栄養,健康オタクな主人公である。
レイスは大きく伸びをしてから、馬車の裏に回った。
そこには獰猛そうな巨大なクマ、フェロシェスベアの死骸。
動かないその体にはいくつかイチイの枝が刺さっている。
そのあまり柔らかく無さそうな毛皮をベッドに寝てる緑髪の男。
伊藤翔。植物大好きごーいんぐまいうぇいな彼もレイスと同じく主人公。
所謂、最強主人公という奴である。
しかも、異世界トリップに立場は勇者。不思議な力に身体強化。
つまりテンプレの塊で現れたにも関わらず…
美人な姫様をふって野郎と契約。
ヒロインがいないという異質な環境を作りやがっている張本人だ。
フェロシェスベアにイチイを刺したのも彼。
イチイには痙攣、心臓麻痺、呼吸麻痺、死亡の毒があるんだと枝をピッケルで切って刺していた。
彼らが出会って二週間。
既に翔が個性がある奴から、異常に花オタクのどアホだと認識改めるには充分な時間を共に過ごしていた。
レイスは上にいる翔をちら見し、ベッド兼朝食用食材のクマの足を刃こぼれしているピッケルで切り取った。
本来ピッケルは木や肉を切り取る道具ではない。ていうか切れないと思う。
作者の突っ込みもよそに、彼は不格好に切り取られた足の形のままの肉を焚き火の後であろう場所に放り込んだ。
「フラーム。」
更にそこに直接火種を投げ込んだ。
どーん!と料理にあるまじき音がして火がつく。
見た目怪しげなキノコやら葉っぱやらを投げ入れて、なんだかもくもくと水色の煙を放つそれを焼き続けて一時間。
「非常に焦げ臭いのだが…」
やっと起きたらしい翔がよろよろレイスの向かいに座る。
「おはようアホショウ。…グラス。」
何を入れたのか異常な程の上がっていた火が消えて、真っ黒の肉(?)が露わになる。
最も、今度は分厚く凍ってるが。
「…それは、なんだ?」
「焼き肉だけど?」
ピッケルで氷を砕き、その謎の物体を取り出して翔に投げ渡す。
それを無表情にキャッチし、マジマジと見た後でしかめ面をした。
「む。確かに焼いた肉だから…焼き肉だろうが…。」
氷から開放された肉の水色だった煙は、赤色となって再び上がる。
取りあえず危険そうだということは、アホアホ言われる翔でもわかった。
「何故肉から…なんか、こう…木工用ボンドに溶かしたプラスチックを混ぜた匂いがする?」
木工用ボンドの匂いのもとは某ヤバい薬である。
皆さん。嗅いではいけません。
「食えよー?」
笑顔のレイスがふふふふと笑う。
翔は表情を無に戻した。
「誰のせいで、隠れるようにジャングルにいると思っているんだー?テメェ?」
「不可抗力だ。どうしようもない。」
「どうしようもないで宿一件潰されてたまるかああぁっ!」
いきり立つレイスを翔は無表情に見上げる。
「ではどうしろと?」
「低血圧治せっ!」
「無理だ。」
「無理じゃねえ!」
「ではどうしろと?」
繰り返す彼にいらっとくるのは普通な人の感性だ。
レイスは、がっとピッケルで岩を黒板代わりに病気気味に呟きながら何かを書き出す。
「まず低血圧とはなんたるか理解しろやっ!」
「……。」
ガリガリとピッケルが岩を刻む音。
「低血圧というのは、めまい、立ちくらみ、失神、冷え、頭痛胃部不快感食欲不振動機息切れ不整脈発汗便秘胸痛全身倦怠慢性疲労睡眠障害悪心腹痛乗り物酔い、そして朝起き不良などの症状がある!」
「…あぁ。」
凄い剣幕だ。
レイスと翔の間には健康に悪そうな温度差があった。
皆さん、エアコンの温度はほどほどにしましょう。
「低血圧は急性と慢性があるがテメェは慢性だ!原因不明!でも諦めんじゃねえよっ!改善は出来るんだよコノ野郎!」
びしぃっと岩をバックにピッケルでキメる。
「まずはバランスのとれた食事!」
肉、魚、乳製品、海草、野菜、果実を豊富に。食事、水分、食塩は適量に。
しかし無理に制限する必要はありません。食べたら横になりましょう。
「豚になれというのか…?」
「黙らっしゃい!次っ!座ってたり寝てたりな状態から起きる動作はゆっくりと!体を動かせ!規則正しい生活しろ!ストレスは趣味で解消しろ!」
あんたにストレスはなさそうだがなっ!
と叫び終わり、ようやく落ち着く。
「わかったか?ていうかそれこそヨモギ食えよ。」
「あぁ、それがあったか。」
翔が岩を肉だった何かで示す。
正確にはびっしり書かれた字を指していた。
「だが字が下手で読めない。」
「はい黙らっしゃーい!」
レイスの手からピッケルが飛び、翔の頭に柄がヒットした。
全く気にした様子はない。
刃の方だったらどうするつもりだったかは謎だ。
「取りあえず、食生活の改善だけでも多少…いや、起こされて宿を破壊する事はなくなると思うんだよ俺は。」
「ならばこれは遠慮しよう。…非常に愉快な味がした。」
岩を指し示していた肉だった焦げた何かをレイスに返す。
よく見るとかじってある。
「…て、食ったのかよっ!」
勢い良く地面に叩きつけると、ボンとはぜて消えた。
「食えと言ったのはあんただ。」
「食うなよっ!」
「矛盾だ。」
「あー黙らっしゃーいっ!!」
騒いでいた鳥の声が静まる。
なんとなく気まずくなってレイスは岩を叩いた手を頭に当てた。
落ち着けーと呟きながら。
こんだけ怒ってるのにショウはけろりとしているし、怒るのが馬鹿らしくなってくる。
「…取りあえずまずは一番の問題の借金…」
「大変だな。」
「テメェのせいだよアホショウ!」
翔にずかずか近づき、首を絞めた。
ズバリ宿弁償代2980万円っ!レイスは泣きたくなった。
弁償というよりもどちらかというとお買い上げだ。
「テンションの上がり下がりがモグラを思い出すな。」
彼は首絞めてんのに平然と話す翔にちょっとホラー的なものを感じてぱっと離した。
ジャングルは今尚静まり返っており、二人が黙ったことで一瞬の静寂が訪れる。
「…誰だよ?」
「こっちの…童話のようなものだ。家代のうん千万のローンを200円の果物や貝殻を売って地味に返済する主人公のはな」
「童話でまで借金に追われてたまるかああぁっ!」
レイスにぐーで本気にぶん殴られ、流石に少しよろめく翔。
一般人や魔物に殴られようが食われようがビクともしないが、
レイスには契約者になってから、一般人に「あんたも人外」と言われる位の、翔曰わくちょっとした(?)身体能力増加があった。
ここ一週間で慣れた魔法も当然のごとく使っている。翔が魔法使っているのは見たこと無いが。
「大丈夫だ。人間、金が無くても生きていける。」
「無いならまだしもマイナスなんだよっ!」
ろくな生活出来ねえじゃないねえかと喚くレイスを、だからなんだとばかりに翔が五月蝿そうに目をやった。
「借金があって何が悪い?別に払わなければ問題ない。」
「人間失格っ!?」
「クローバー、…シロツメグサとも言うが。食うか?酸っぱくて旨いぞ。」
彼はいつだって突然なのだ。会話の流れの常識を覆す。
いつの間にかしゃがんでいた翔は、本当は天ぷらにするのが一番好きなのだがと呟きつつ三つ葉の可愛らしい葉っぱをもりもり食ってる。
その時、レイスは翔に常識を求めるのを諦めた。
というか求めてはいけないと悟った。
こっちが無駄に体力を使う。そして馬鹿をみる。
あぁ、相棒がこんなんなんだ。
俺がしっかりしなくては…。
どこか遠くを見ながら、レイスが悟りの断片を見た今日この頃。
「クローバーも薬草だ。咳止め効果がある。美肌にもいいぞ。」
「あー、うん。そうかすごいな。で、午後からこっから北のダジュー国に行こう。稼ぎ所探して借金返そう。そしたらクローバーの天ぷら食えるから。な?」
「………分かった。」
取りあえず借金は返したい。
レイスがゆっくり言い聞かせると無表情に頷く翔。
ただ空気にめんどくせ、とにじみ出てる。
翔はゆっくりと立ち上がると、石を拾うと彼方へ投げた。
準備だ準備。
取りあえず朝食の。
鳥のヨモギ詰めにしよう。
遠くで鳥の断末魔が響いた。
Money obtains convenience.
However, when dying
The right to live cannot be bought with money.
いちあどもクローバーの天ぷらが大好きです。
特製カタバミつゆとセットが最高です!