第61話 素を見せられる人がいる
最終話です。
俺と先名さんは夜中に偶然会って話をした。そこで俺は先名さんに、もっとみんなに頼ってほしいとお願いをしたんだ。
俺と先名さんが部屋へ戻ると、彼女と加後さんは布団の中で眠っていた。二人とも寝相がいいようだ。俺は二人を起こさないようにコッソリと自分の布団へ入った。
俺が次に目を覚ますと、部屋には明るく暖かな日差しが降り注いでいた。どうやら女性三人はまだ眠っているようだ。
俺が枕に頭を乗せたまま右を向くと、隣の布団で寝ている彼女の寝顔が見えた。静かな寝息を立てている彼女はどこか嬉しそうな表情で、ただ純粋に可愛いなと思う。最終的には毎日この寝顔が見られるようになるように、彼女を大切にしよう。
そしてあと二つの布団には先名さんと加後さんが……いない。加後さんが寝ていた布団は空っぽだ。もう一つの布団には先名さん。……と、加後さん。先名さんと加後さんが向かい合って眠っている。
それだけなら加後さんの寝相が超絶悪いだけだと説明がつくかもしれないが、キッチリと掛け布団がかけられている。もはや物理的におかしいので、加後さんが潜り込んだとしか思えない。枕が二つあるし。先名さんが招き入れた可能性も……? 無いか。なんか俺達よりカップルらしいのでは?
(あっ! 掛け布団が跳ね飛ばされたぞ)
それにより二人の全身が見えた。やっぱりというか、加後さんが先名さんの右太ももに自分の左太ももを乗せて、まるで抱き枕かのように抱きついている。そして二人の館内着の裾がめくれて、腰回りの素肌が見えている。
さっき先名さんがみんなに抱きつきたいと言ってたけど、それはハグのようなもっと健全なものだろう。目の前のこれはただの『けしからん絡み』です。
全員が目を覚ますと、四人で朝食をとった。なんだか仲のいい家族みたいな気分で本当に楽しい食事だった。
そして昼前で帰る時間になり、荷物を整理して準備万端になったところで、先名さんが話し始めた。
「同島さん、いつも本当にありがとう!」
そう言って先名さんは彼女にハグをした。
「えっ!? 先名さん、急にどうしました!?」
「私からも日頃の感謝を伝えたくて。そしてこれからも頼らせてもらっていいかしら?」
「先名さん……。もちろんですよっ! 私、先名さんに頼ってもらえて嬉しいです!」
そう言って彼女も先名さんの背中に手を回した。信頼し合っている先輩と後輩の姿を見て、本当にずっと変わってほしくない尊い関係だなと思った。そして今度は先名さんが加後さんの前で立ち止まった。
「加後さんの明るさにいつも助けられているわ。本当にありがとう!」
先名さんはそう言って、今度は加後さんにハグをした。
「ひゃあっ! 先名さんのほうからだなんてそんな大胆な! 私も大好きですー! 私だってフカフカなんですよ!」
加後さんも先名さんの背中に手を回す。めちゃくちゃ嬉しそうな加後さん。一言余計な気がしなくもないけど、これはこれで良好な関係だからできることだ。
俺は先名さんがいろいろ一人で抱え込んでしまっていると心配していたけど、これでその不安は解消された。俺だって人として先名さんと加後さんが好きなんだ。
それからさらに時間が流れ、ある日のデート帰りの車中での事。
「今日も楽しかったね! やっぱり桜場が彼氏でよかった!」
もともと言いたいことをハッキリと言う性格の彼女だから、きちんと言葉で伝えてくれる。俺はそう言われる度に、さらに彼女を好きになっていく。
「俺も同島が彼女で良かったよ」
「いつになったら下の名前で呼んでくれるのかなぁー? 私ずっと待ってるんだよ?」
彼女はいつもとは少し違う、甘えるような口調で俺に聞いてくる。
「なんというかずっと同島だったから、恥ずかしくて」
「もしかして私の名前知らないの?」
「それはない。ちゃんと知ってるって」
「だったら呼んでほしいなぁ……」
彼女が今度はどこか寂しそうに話す。
「……真由」
「もういっかい」
「俺は真由が好きだ」
「もう、余計な言葉つけちゃって……」
今度は照れているような様子になった。そして俺の中で彼女が好きだという気持ちが自然と高ぶる。
「俺、今日はもっと一緒にいたい」
「えっと……、それは私もなんだ。もっと一緒にいたいよ」
そうして俺と彼女は朝まで一緒に俺が住む部屋で過ごした。
そして二年が経ち、俺と彼女は一緒に暮らしている。違った、妻だ。
実は職場で密かに彼女を狙っていた人が多かったらしく、突然の結婚報告に落胆した人もいたらしい。誰からの情報なのか? それは友岡からだ。
友岡には付き合ってることを言ってたけど、結婚すると報告した時は「うおー、すげー! あの桜場がなぁー!」と、めちゃくちゃ喜んでくれた。やっぱりいい奴!
もちろん先名さんと加後さんも、結婚を快く祝福してくれた。先名さんは「これでお姉さんも安心よ!」と言葉をかけてくれて、加後さんからは「私には先名さんがいるからいいもん! 同島さんは桜場さんと幸せにならなきゃダメなんですからねっ!」と、可愛いヤキモチを見せられた。
今、俺と真由は部屋にあるソファーに座って、まったり過ごしている。
「もうすぐ産休かぁー。先名さんと加後ちゃんに会えないのは寂しいなー」
「確かにそれはそうだけど、その間は仕事もしなくていいからグチを言わなくてすむじゃないか」
「そうなんだけどねぇー。でもグチを言うのもたまにはいいかなって思うんだよ」
「そうだな。たまには吐き出さないと、いつか爆発してしまうから」
「もちろんそれもそうだけど、私の場合はそれを嫌がることなく、いつも聞いてくれる人ができたから。そして大好きな人になったんだよ?」
そう言って真由は俺の右肩にもたれかかってきた。俺はその心地よい重みを受け入れる。
「もしもまた何かあった時は俺に言えばいい。何時間だって話を聞くから」
「いいの? 楽しい話じゃなくても?」
「もちろんだ。だってそういう話をしてくれることだって、俺にだけ見せてくれる一面なんだから。俺はそれが嬉しいんだ」
「うん、ありがとう! これからも大好きだよ!」
人は誰しも素の部分を隠しているものだと思うけど、それを見せてくれる人に出会える事、あるいは自分の素の部分を迷いなく見せられる人に出会える事、それって幸せなことなんだと俺は実感した。
そして俺達はお互いを想う気持ちがさらに強くなるように、そっとキスをした。
【会社の先輩と後輩と同期が俺にだけ素を見せてくる話】 (了)
完結しました。最後まで読んでくれた方、本当にありがとうございました! PVだけでなく、いいね!・評価・ブックマーク等が本当に嬉しかったです!
この作品のジャンルは現実恋愛かコメディか悩みましたが、コメディにしました。どっちがいいのか未だに分かりません。
投稿作品がエタることの無いように、これからも活動を続けていきますので、作者名だけでも覚えてもらえれば嬉しいです。猫野さんはたくさんいるみたいなので。
それでは、本当にありがとうございました!