第4話 先輩と後輩がけしからん感じになった
先名さんと連絡先の交換を終えると、今日は解散ということになった。
「ほら、加後さん起きて。私の車に乗って帰りましょうね」
「うーん、あと5分……」
「出勤前じゃないからね? 明日は休みだし、帰ってから好きなだけ寝るといいわ」
加後さんに抱きつかれて、先名さんは起き上がらせるのに苦労しているようだ。
「先名しゃんの胸、おっきくてフカフカ」
「んっ……! もう! それは加後さんも同じでしょ。えいっ!」
「わひゃあっ!」
俺も手伝いたいが、勝手に女の子に触るのはダメな気がする。と、ついさっきまでお姫様抱っこしていた分際で、俺はそう考えていた。それにしてもこの二人、俺の目の前で何をやってるんスかね……。
「先名さんって面倒見がいいんですね。同島からの急な呼び出しにも駆けつけてくれるなんて」
「自分ではそう思わないけど、せっかく頼ってくれているんだから、できるだけ応えたいと思うじゃない。それにやっぱり普段の振る舞いを見ていて、いい子だなって分かってるから、悪意なんてあるわけないからね」
「俺、先名さんのような考え方の人、好きです」
「どうもありがとう。桜場くんも加後さんを起き上がらせるの手伝ってくれないかな?」
「俺が触れたら問題になりそうですよ」
「お姫様抱っこしてたのに何言ってるの?」
「すみませんでしたあぁぁっ!」
ぐうの音しか出なかった俺は先名さんと協力して、加後さんを先名さんの車に乗せた。
「今日はありがとう。少しの時間だけだったけど、楽しかったわよ」
運転席から先名さんが俺に言ったので、俺も言葉を返す。
「俺も楽しかったです。今度はゆっくり話せるといいですね」
「楽しみにしてるわね」
「加後さんのこと、よろしくお願いします」
二人を乗せた車が遠ざかって行く。今日は初対面の二人と話して疲れたな。ついでに筋肉も疲れた。
どこかにコミュ力を上げる『コミュ力の種』でも落ちていないだろうか。道端に落ちていても余裕で食べるのに。
休み明けの月曜日。俺は同島にあの飲み会について聞くことがあったので、お互い自販機の前で缶コーヒーを飲みながら話をすることにした。
「あの時は急に帰って本当にごめんね」
「いや、急用だったわけだしそれは気にしてない。それよりも加後さんが来るなら言っておいてくれよ」
「だって事前に言ったら来ないよね?」
「行かないな。同島と二人だから気軽に行けるわけで」
「ほらね?」
「よく分かっていらっしゃる。それで加後さんは無事に帰れたのか?」
「先名さんが一緒だもの。そこは安心していいよ」
「加後さん何か言ってなかった?」
それは大きな気がかりだった。なぜなら俺は加後さんをお姫様抱っこするという、俺でさえも理解不能な行動を起こしたからだ。これでは『変な人』不可避である。
「気になるの?」
「いや、変に思われてないかなと」
「特に何も言ってなかったかな」
「それはよかった。加後さんってあんな酔い方するんだな」
「可愛いでしょ」
「そうか?」
俺は『ウザ絡みだったと思うんだけど』と言おうとしたが、同島が可愛がっている後輩のことを悪く言うのは気が引けたので、その言葉をコーヒーと一緒に飲み込んだ。
「あ、そうだ。先名さんが桜場のことを気に入ったみたいだよ」
「なんで? たいした話はしてないはずなんだけど」
「なんか『逆に気になる』って言ってた」
「逆に? ああ、まあ変なことを言ったかもしれない。思い当たることはある」
「あるんだ。それで桜場は先名さんのことどう思ったの?」
「美人」
「正直すぎ!」
「あとは面倒見がいい人だなと思った」
「もしかして好きになった?」
「それならもう言った」
「えっ?」
缶コーヒーを口に運んでいた同島の手が止まった。
「先名さんに向かって好きって言ったの?」
「人として好きです、みたいなことを言ったんだ。同島もそう思わないか?」
「からかった私が悪かった! もちろん先名さんのことは尊敬してるよ」
俺がちょうどコーヒーを飲み終えた時、聞いたことのある声が近づいて来た。
「同島さん、ここにいたんですね。先名さんが呼んでいますよ」
声の主は加後さんだ。知り合いになってから、初めて職場で顔を合わせることになる。